玄関の左にあるエレベーター・ホールの壁には、ここがフィレンツェ市の重要歴史保存建築物であることを示すプレートが取り付けられている。この建物は十七世紀に建設された建造物で、その平面はかなり細長く、中央に二つの中庭を持っていた。単なる画廊の域を越えて、このように重要な建築を《ギャラリー・エステ》として利用しているコジモ・エステは、このフィレンツェで特別な人物であることを物語っていた。

「ロンドンのセント・ジョンズ・ウッズの店とは桁違いの大きさで驚きました」

宗像はエリザベスに言った。

「これでは単なる画廊ではありませんわね。エステさん、フィレンツェでは昔から相当の家柄だったのかしら?」

案内された会長室は一辺が十二メートルほどの正方形の部屋で、精巧な寄木造りの格縁天井がかかっている。その高い天井からクリスタル・ガラスのシャンデリアが、重厚なデザインを見せながら釣り下がっている。

蝋燭の炎に似せて作られた白熱球が、各段毎に形状の異なった夥しいガラス・ピースの中で、見え隠れしながら華麗な煌めきを放っている。正面右隅にはどっしりした執務机が据え付けられ、背後の壁にはフィレンツェの歴史的な出来事を縫いこんだ巨大なゴブラン織りのタペストリーが吊り下げられ、この会長室に特別な印象を与えていた。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。