白い画面を睨んでいるうちに、目がチクチクしてきた。メールを開けたらそのままにして帰っちゃっていいから、と拓未は言っていた。なんだか狐につままれたような腑に落ちない気分で、岳也は事務所を出た。ドアを閉めた後、振り返って再び、「事務所」と書かれたプレートを眺める。なんなんだ、ここは。メールを開ける。それが一体何を意味してるっていうんだ…。

一階に降りると、岳也は再びチップマンクに入った。しばらく熱心にチケットを眺めているふりをする。店員は黙っていた。「いらっしゃいませ」すら言わなかった。十分ほどいたが、やはりくしゃみをする気配は感じられなかったので店を出る。歩きながら、岳也の頭にふと、疑惑にも似た考えがよぎった。

ひょっとして拓未は俺にこの仕事をさせるために、くしゃみの話をでっちあげたのかもしれない。実はあの店員のくしゃみなんて聞いたことがないんじゃないか?

一度そう考えると、もうそうとしか思えなくなってきた。しかしそんな嘘までついて、この仕事を自分にやらせたい意味が分からない。いずれにしても、なんだかはめられた気分だった。だがまぁ一応仕事で来たわけだし、無駄足だったわけではない。仕事内容は得体が知れず、不気味ではあったが。

牛丼屋に入り、満腹になったところで、岳也は拓未に電話をした。

「事務所に行ってきたよ」

──ああ、そう。

忙しいのか、おざなりな返事である。外にいるらしく、周囲のざわめきが聞こえる。

「なんなんだよ、あれ。マジわけ分かんない仕事だね」

──でも楽だろ?

「そうだけどさ。どこで知ったの、あんな仕事」

──バイトで知り合った派遣の人から。なんか親戚からもらった仕事で、誰でもできるからって教えてくれたんだ。

「その親戚ってなんの仕事してんの?」

──知らんよ。そこまで訊かなかった。悪い。ちょっとこれから行かなきゃいけないんだ。

「ああ、ゴメン」

電話を切った後、チップマンクの店員のくしゃみを本当に聞いたことがあるのか訊くのをすっかり忘れていたことに気付いた。まぁいいさ。岳也は駅に向かいながら思う。次回がある。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『空虚成分』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。