〈巡回指導〉
皆さん方はじめのうちは大変不自然のように思われますが、だんだんむずかしいものを歌うにつれて会得することができるでしょう。

その三

さて、皆さん、声楽はどうしても自ら研究して覚えるということが大事でございます。

私のことを申しますと、どういう風にすれば十分に発声することができるか、そんなことをまだ一生懸命に考えている最中でございます。私の声楽の担任はユンケル先生でございますが、私共に質疑があります時も、これはこういう風にしたらよろしいでしょうということまでは教えてくださいませんから、何うしても自ら研究して覚えるほかございませんのです。

それで余りうたえば、咽喉が変わり後が大層疲れます。大きな声を出してうたいますと大層お腹も空きます位で、身体の虚弱な者は迚もついていけないのでございます。

総て何事でもそうでございましょうが、声楽は殊にある程度以上の天稟あるものでなければ駄目でございます。それですから、日本の音楽家は勿論、西洋人の中にも立派な独唱家が少ない。これをみましても、声楽のなかなか至難なことが解るのでございます。

殊に私共日本人は、どうも音がはっきりいたしません。アーという音は高く響いても、イーという音は内に引込まれて低くなり、大勢でうたいます演奏会の時などに、母音だけ響いて子音が響かないというようなことがございます。子音も母音と同じように響かなければならないのですから先ず、始めはア・イ・ウ・エ・オというような単純な発音の練習をするのが肝心で、はじめの一年はそんなお稽古を一生懸命やりたいと思います。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『新版 考証 三浦環』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。