くしゃみとルービックキューブ 5.

その事務所は、JR中野駅を出てバスのロータリーを越えたところにあった。「永田ビル」と壁面に書かれた七階建てのペンシルビルの中にある。

一階は安売りチケットの店だった。チップマンクというのが店の名前だ。チップマンク、と岳也は口の中で転がして、おかしな響きだ、と思った。オレンジ色の看板には、頬袋に物を詰め込んで顔を丸く膨らませたリスの絵が描かれてある。

岳也はチップマンクの中に入った。店内は狭かった。オレンジ色の壁には、新幹線や航空券の値引き表が貼られてある。大きめのガラスケースの中には、映画館や美術館、コンサートなど、ジャンルがごちゃ混ぜになったチケットが並べられてあった。

ガラスケースの向こう側に、二十代前半とおぼしき店員の女の子がいた。女の子は所在なげに通りを眺めている。あまりにぼーっとし過ぎて、目の焦点が合っていないようにすら思えた。

この子かな?と思いながら、岳也はケースの中のチケットを見ているふりをした。いろいろなチケットが確かに安く売られていたが、特に心ひかれるものはなかった。十分ほど店内にいたが、女の子がくしゃみをする兆しはまったくなかったので、ひとまず諦めると店を出た。