インドへの出発

一九八八(昭和六三)年一月下旬、最もしのぎよい沖縄を出発し、冷え込む成田空港へといったん向かいます。一二時五分定刻、成田発で目的地インドへ向かうことになりました。

途中、炎熱のバンコク、そして、肌寒いカルカッタ経由で夜半ボンベイ空港に到着し、約一ヵ月間に及ぶ、インド各地でのポリオに関する実態調査のための旅の幕が切って下ろされました。

単なる物見遊山(ものみゆさん)ではなく、楽しい観光目的でもない今回の旅は、WHOからのミッションという重大な使命を帯びたもので、その責務の重さをどっしりと背負っての旅です。ややオーバーな表現を許していただければ、衛生事情の悪い地域への、いわば決死行でもありました。

写真を拡大 インド全図

今回の旅の主な目的は、特に南インドにおけるポリオワクチンの接種状況の把握と、ワクチンの保存、つまり、コールドチェーン(cold chain)の実態調査に基づく、国際ロータリーを介してWHOへの報告と、ユニセフ(UNISEF)への助言にありました。日本を代表して、第二五八地区から大宜見氏と私がその任に当たりました。

およそ二〇〇キロメートルに及ぶ行程です。インド各地を、あるときは汗と埃(ほこり)にまみれての十数時間の車の旅、またある日は汗ばんだ肌に天井から生温(なまぬる)い扇風機の風にあたりながら、現地の人々と片言の会話を交わす三等列車の旅で、型通りの観光旅行では決して味わうことのできない、生のインドの姿を存分に体験する機会を得たのは、私の一生で決して忘れることのできない貴重な財産となりました。

我が国は、大半の国民が仏教徒であるにもかかわらず、欧米文化の感化が強く、仏教発祥の地であるインドには、あまり関心が持たれていないのはどうしたことでしょうか。

インド文化の一端に触れ、その奥の深さに驚嘆しつつ、個々の人生観をも変えかねない魅力と、謎に満ちた国インドを踏破した印象とポリオの実態、そして、ポリオの後遺症で悩んでいる青年、チャンドラ・セカランさんとの出会いのエピソードなどをご紹介しましょう。

ポリオの実態

ポリオは今日、多くの先進諸国においては、予防接種などの実施によって暫時罹患(りかん)者数が減少しており、すでに希少な病気として、もはや過去の伝染病となりつつありますが、多くの発展途上国では依然として猛威をふるっています。やや古い統計ですが、一九八六(昭和六一)年度の推計では、地球上で新しく二十数万人が発症したといわれます。

したがって、ポリオ多発地帯では、予防接種を受ける機会に恵まれない乳幼児の多くが、いつポリオに罹患してもおかしくない危険性をはらんでいます。感染後、幸いにして一命を取り留めることができたとしても、何らかの形で体に障害を残すことが予測されます。

ポリオに罹患した幼児の統計では、約九〇%が生後三年以内に発病し、そのうち、約五〇%に何らかの軽い後遺症が見られます。また、二五%には重度の後遺症を残し、さらに麻痺型においては、罹患児のおよそ一〇%が不幸な転帰をとることが推測されます。

新世紀を担う子供たちをポリオから守り、幸福をもたらすためには、集団的な予防法が最も大切で、ワクチン接種が現在、世界各地で精力的に推進されています。

インドのロータリークラブとの連携

私たちのインド訪問に際しては、外務省からすでにニューデリーにある日本大使館やユニセフに連絡があり、一方、インド三二〇地区ロータリークラブ、ガバナーのP・C・トーマス氏から主要ロータリークラブの会長に連絡が届いており、労せずして和やかに懇談の機会を持つことができました。

ボンベイ空港に深夜到着して、仮眠もそこそこに早朝五時発のインド国内航空による約二時間の空の旅で、最初の活動予定地である、タミールナドウ州コインバトール空港に到着しました。赤茶けた土地からはね返されてくる災暑には、ただただ閉口するばかりでした。

国際ロータリークラブ第三二〇地区年次大会を翌日に控え、同大会に出席する関係各国の代表者と面談しました。カナダのパスト・ガバナーであるケネス・C・ホッブス博士、フィリピンの同じくパスト・ガバナーであるサビーノ・サントス博士をはじめ、現地関係のポリオ・プラス要員のメンバーとエレン綜合病院において懇談し、直接ワクチンの投与を始めることにしました。ポリオ・プラスを周知徹底させるためには、現地住民のポリオに対する認識が大切になります。

この点に関しては、広報活動が活発に展開されていたため、ポリオに対する教育が比較的浸透していて、当初、案じていたような宗教問題からくる問題点もないこととがわかり、安堵いたしました。

ワクチン投与実施の当日は、ヒンドゥ紙のトップ一面に、私たちのインド訪問の目的が華々しく報道されました。

現地の日刊紙、一面トップに掲載されたpolio-plus campaign

私が第一に訪れたエレン綜合病院をはじめ、現地ロータリアンに紹介される病院は、すべて私立病院で、患者の層がやや上層階級の人たちのように見受けられました。彼らは医療費を支払える層の人たちとなります。一方で、医療費が支払えない、さらに下層階級の人たちは、どのように対応されているかという別の角度からも、ポリオについて調査することにしました。

下町の、一般大衆が密集する地域の政府立病院や公立病院に、予約なしに飛び込んでみました。

突然の外国人の来訪で、各医師は少なからず戸惑っていたようでしたが、私たちの来訪の趣旨を説明したところ、十分に理解し、快く対応してくれました。その結果、これらの公立病院では、ポリオ対策は大切であるという認識はあるものの、この病気のみを選択的に予防推進するわけにはいかないという説明でした。

ということは、疾病構造が我が国とは大いに異なり、いまだに小児の死亡率のトップはコレラ、マラリア、百日咳、ハシカなどであり、ポリオについての頻度は少なく、実態でさえ把握することが困難であるということでした。

ポリオ以前に深刻な病気が多いということがわかってきたのです。

何事も、現地に身を置かなければ何もわからない、ということが改めて痛感できました。

※本記事は、2019年12月刊行の書籍『 ひたすら病める人びとのために 上巻』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。