宮中での配属先が決まり、曹端嬪(ツァオたんぴん)付きとなった王暢(ワンチャン)。そこでの日々は刺激的でもあり、個性的な面々との出会いでもあった…。

(3)

「宮中の人で、ほかに心当たりはないのか? 駄熊太(ドゥオシュンタイ)師父とか。あの方は、天文にもくわしいんじゃないか?」

「『ほかをあたれ』って、ことわられちゃったのよ」
「そりゃあ……そうかも知れんな」

後宮を統括する太監(たいかん)なら、皇上と妃嬪のお世話で日夜忙殺されているだろう、だいいち、女はけがらわしいと口にするような人だからな。

「いちおうは、たのんでみてやってもいいが、教えてくれるかどうかは、わからんぞ」
「それでいいわ。お願いね」

楊金英(ヤンジンイン)は、にっこりとわらうと、こんどは私が下ろした荷物をまさぐりはじめた。
「あら、鍋じゃない。これは、何なの?」

「それは、製麵機だ。生地を入れて、把手(とって)をまわせば、ここから麵が出て来るしくみだ。手でのばして打った麵とは、すこし食感のちがうのができ上がる。まだ実験中で、客に出したことはないがな」

「じゃあ、ここで、またあの湯麵(しるそば)つくってくれるの?」

顔がぱっと明るくなった。そんなことを唐突に言われても、新参者がかってに宮中で火をおこし、麵づくりなどやってよいものか?

「やったー。楽しみにしてるわね」
勝手にきめてしまった。

「あたし、主子(チュツ)様にも、教えてさしあげるわ。春吉(チュンジー)のつくる湯麵は、宮中の、どんな麵よりもおいしいって」

勝手にきめて、勝手によろこんでいる。天子のおわす宮中といえば、夢のような楽園と思われるかもしれないが、そこで働く者の娯楽は、城外の一般人と、大して変わらない。莨(たばこ)や骨牌(かるた)くらいのものだ。あたらしい人が入って来れば、それをつつくのが、いちばんのたのしみなのであろう。

人が、人を、おもしろがる。それができるうちは、よい世の中といってよいのではないだろうか。