一方、科学の時代は17世紀、デカルトを起点としてはじまり、今日では科学万能の時代といわれるようになりました。その流れは今日にも引き継がれ、第4次産業革命に突入し、科学の進化はとどまるところを知りません。

人工知能が人間にとって代わり、人間の存在意義が問われているとさえいわれています。日常生活に目をやれば、科学がわれわれに与えている影響は計りしれません。

しかし、科学が発展したことにより、機械論的自然観は人間をも機械に見立てるようになり、17世紀以降、心をすっかり忘れてしまったといえます。第4次産業革命は、AIの登場で人間をいよいよ置き去りにしかねません。

スマホやネット検索に人生の大半が奪われ、「人の一生とはネット検索であった」というおかしな時代になりつつあります。

科学が進化しているにもかかわらず、人間に対する理解は深まっていません。ノーベル生理学・医学賞を受賞した外科医アレキシス・カレルはデカルトが物と心の二元論を展開し、人間の心を切り離したことに対して、次のように批判しています。

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「人間がすべての基準となるべきである。それなのに人間は、自分たちが創り出した世界で異邦人になっている。…われわれの知性と発明から生まれた環境が、われわれの身長にも姿形にも、寸分も合っていない。われわれは道徳的にも、精神的にも、退歩している。工業文明が発達した集団や国家こそが、まさに弱くなってきているのだ」。

「現在、われわれは、人間についての情報があまりに多すぎて、それをうまく使いこなせないでいる」。
(出典「人間この未知なるもの」アレキシス・カレル三笠書房)

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科学万能の時代で、人間は自己を見失っています。人間が科学の影に隠れてしまっています。そうした人間の精神を取り戻そうとするときに、カギとなるのが紀元前5世紀です。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『ワークスタイル・ルネッサンスがはじまる』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。