「よし」
と許可されると、部屋に入って班長の机の上に食事を置き、
「杉井二等兵、帰ります」
と一旦帰ってから、食事が終わった頃を見計らってまた班長室に行く。

「杉井二等兵、神尾軍曹殿の食器をいただきにまいりました」
と了解を求め、
「よし、ご苦労」
の声を聞いて部屋を退出する。

当番兵の任務は、この食事の世話の他は班長の机の上の整理、周辺の掃除などであった。当番兵となった結果、他の初年兵よりも仕事は増えたが、反面、メリットもあった。

内務班の掃除道具、古参兵の食器の争奪に敢えて参加する必要はなくなったし、一ヶ月もすると班長との間に親近感が培われ、点呼後班内で集団ビンタの気配があると、班長がわざと杉井を呼び出し、その難を逃れさせてくれるようなこともあった。

しかし、杉井が当番兵であることの最大のメリットと感じた点は、この役目を担うことが第一次検閲の合否に大きな影響を与えるであろうことであった。

乾草運びという他愛のないことであっても、集団の中で何らかの特技を示すことが、事態を加速好転させることがあるということを杉井は学習した。

しかし、好事魔多しというのもまた真理である。当番兵となって十日後、杉井が班長の襦袢袴下靴下を洗濯し、夕方それを取り込みに乾燥場に行くと、すべてなくなっている。周辺を探したが、どこにも見当たらない。杉井が当番兵になったことをやっかんだ何者かが盗んだことは明白だった。杉井は頭から血が引いていく思いだった。

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。