九時半きっかりのこと、銀髪を左右に膨らませ、黒いフレームの太縁の眼鏡をかけ、鋭い目つきをした長身の紳士が玄関に姿を現した。

一瞥して判断を下したかのように、ゆったりとした歩みで向かってくる男は、一分の隙もない緊張感を孕んだ容貌をしていた。

まさにエリザベスの説明どおりだった。

心持ち緊張して立ち上がると、紳士は躊躇なく手を差し出して言った。第一印象のとおり、腹の底から響くような硬質で力強い声だった。

「宗像さんですね、私がミッシェル・アンドレです」
「宗像俊介です。お忙しいところ、お出ましいただきありがとうございます」

「あちらのフォイヤー・リーディング・ルームへ参りましょう。お茶でも頂きながらゆっくりその話とやらをお聞きすることにいたしましょう」

アンドレはあたかもここが我が家であるかのように振る舞い、先に立って宗像を案内した。

すれ違うホテルマンたちはみな一様に、おはようございますアンドレ様と声を発し、最大級の笑顔で二人を迎えた。クラリッジホテルでアンドレの占める地位が分かる一瞬だった。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。