(八)

その日久しぶりに、香奈は兄と話をした。村上家は、広い家である。二十畳もあるリビングルームと応接間として用いられる和室が一階にあって、二階には家族めいめいの部屋がある。

香奈の父親は銀行員をしていた関係で単身赴任が多かったが、このごろようやく東京に戻ってきた。銀行では結構な役職についているのだと言うが、香奈にとっては少し頭のはげてきた人のよいパパに過ぎない。

中学生ぐらいになると、娘と言うものは父親に批判的になることがあるものだ。香奈も母親と一緒によく父親の軽い悪口を言うこともあった。悪口と言っても、他愛ないものである。

気が利かない人だとか、仕事ばかりで面白みがないとか、母親のそんな話題に相槌を打つのである。兄が大学に入るまでは、一家はいつも七時頃そろって食卓を囲んだ。

一家と言ってもその頃父親は関西の方に赴任していた。だから、三人で夕飯を食べた。兄が大学に入った年に父親が戻ってきた。だが、その頃から兄は、友達と飲んできたり遊んできたりで、家族と夕飯が一緒でないことが多くなった。朝はめいめいがパンと牛乳ぐらいで出かけていく。香奈は小学生の頃みんなで一緒に食べた記憶が懐かしい。

風間の芝居を見に行った日、村上は意外に早く帰ってくると、「香奈ちゃん、ニュースがあるぞといった。香奈がびっくりしていると、「小林が、弁論部をやめたんだ」と兄は言った。