京都

ベッドに仰向けになる。

カバーは刺すように冷たかった。

静かだった。空調のかすかなひびきのほかには何の物音もしなかった。枯山水を描いた木版画が壁に掛かっている。枯山水は宇宙の縮図などと言われるが、小さく完結している世界は孤独で、どこか自分の境遇にも似ている。ぼくはいまだに迷っていた。こうして京都に来てよかったのかと。

ここに自分を閉じ込め、気持ちを整理し、それを言葉にまとめるという作業が、いまの自分に意味のあることなのかと。それが自分を変える力になってくれるのかと。目をつむるとずしりとした重い疲れにからだを押さえつけられた。押さえつけられるまま、ぼくのからだは鉛にでもなって水底深くゆらゆらと沈んでいくかのようである。

思えばせわしい二週間だった。仕事は連日深夜におよび、昨夜(ゆうべ)も会社を出たのは午前二時をまわっていた。

タクシーで家に戻ってわずかばかりの睡眠をとり、午前の新幹線で東京を発った。疲れているのに、車中では不思議と眠くならなかった。眠りの糸口をつかもうと缶ビールに口をつけるが、まったく功を奏さなかった。眠れぬままに本を開いていた。

そして、ときおり窓の外に目を移しては、自分の孤独について考えていた。