公庫の融資、県の補助金交付事務といった実務経験をもとに、日本の金融と補助金の問題点を考察していきます。当記事では補助金をめぐる諸問題について、筆者が語ります。

農業補助金への注目

多久島事件は横領事件であって補助金そのものには直接関係はない。それにもかかわらず、多久島事件を取り上げたのは、田中が指摘するように、この事件が補助金の問題が社会的に注目されるきっかけになったからだ。

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青森県住宅供給公社の横領事件は、そのほとんどをチリ人の妻、アニータ・アルバラードが消費してしまったことと、彼女の芸能人のような挙動(それはマスコミがあおったものでもあった)に注目が集まって、横領を容易にした青森県住宅供給公社の組織のガバナンス等の問題はかすんでしまったかの感があった。

そして、アニータがチリに建てた豪邸は、チリの法律では、結婚している間は夫の財産である、というような、横領事件とは直接関係のないことを知ることになった。

多久島事件についても、横領事件そのものよりも、横領されたもの、つまり農業補助金とそれが交付される仕組みのほうが注目されることになった。『全貌』においても、新田は、「農業保険のカラクリ」「補助金制度のヌケ穴」というセクションを設け、農業補助金の問題点や農業補助金の不正の事例を記述している。

ただし、新田の挙げた事例は行政監察白書から拾ったものであり、多久島事件以後に明らかになったものではないが、多久島事件を契機としてより多くの注目を集めることになったのは確かだ。

そして、農業補助金の問題を通じて、農業問題全般についての議論が深まっていった。新田は『全貌』の「補助金をアテにする農業」というセクションを次のように始めている。

《農林省は別名「補助金省」といわれるほど補助金の数は多い。行政監察白書でも述べているように、わが国の補助金種目の三分の一は農林省所管である。戦前は大地主があって、生産や技術の向上のためにある程度努力していたが、戦前の農地改革で大地主がなくなったために、農業発展のためには補助金に頼らなければならなくなり、結局、補助金をアテにするような悪習がついてしまった。極端にいえば、桑を植えるために補助金をもらい、その桑を切って田にするためにまた補助金、その田を桑畑に切替えるためにもさらに補助金をもらうという調子である。》

これが書かれたのは1956(昭和31)年である。