新兵

徴兵された杉井謙一は、予備士官学校における過酷な軍事訓練の日々が続いていた。入営した兵は、三ヶ月後に第一期の検閲を経て戦地に送り込まれる。中学校卒業以上が条件となる幹部候補生は、将校になるまでの経緯が異なる3つのグループに分類されていた…。

エリートの道を歩み出した段階で、多くの者が独断専行に…。

第三グループはもともとそれなりの素質を持った人間たちであり、更に学習にも並外れた努力を傾注するため、知性、能力、技術、更に意欲などどの面から眺めても問題のない優秀な者の集団である。

もともと裕福な家に育った者などが多く、また軍人勅諭に基づく軍隊教育を徹底してたたき込まれているせいもあって、少尉、中尉時代などは、清廉潔白で混濁の世を知らず、軍人勅諭五ヶ条をそのまま体現したような武人である。

ところが、大尉になり、陸軍大学校受験のチャンスがめぐってくると、末は大将という夢を描くようになる。無欲だった者は野心家に変わり、名誉欲、地位欲が旺盛になってくる。生来その性格が直情なだけに、貪欲になると止まるところを知らない。

その結果、多くの者が陸軍大学卒業後エリートの道を歩み出した段階で、独断専行に陥っていく。

この超エリート将校、幹候及びたたき上げの成り上がり将校、そして一般兵からなる日本陸軍の軍隊組織は、このような組織であるが故の矛盾を内包し、特に戦地においてその矛盾を露呈してくるのであるが、この時点で自分の進路も確定していない杉井は、そんなことは夢想だにしていなかった。