翌日の夕方には、王城から東の江沿いでは唯一の城(まち)と呼べる、土壁で周囲を囲まれたセイの邑に着いた。多くの船の到着に驚いて出てきた邑の主、サン(沈)大夫は、丸顔の眉を不審げにひそめた。

「陸家のご子息ですな」と改まって挨拶をするサン大夫は、ロユユの母方の遠戚にあたるが、陸家は新興であり、沈家とさほど親交が深いとは言えなかった。

しかし、落ち着いていられたのも束の間、ロユユの話を聞いて、サン大夫は青ざめた。ロユユが、呆れられるのでなければ鼻で笑われるかと思いながら、「海の彼方を目指す」、と言うと、サン大夫はしばし黙っていた。

そして館に戻ると、しばらくして、十数人の家族や召使いを連れて戻って来た。中には美々しい衣を着た大夫の娘か妹と思われる者たちや、十歳くらいの子供も何人か居る。そして、「この者たちを連れて行ってくれ」とロユユに頼んだのだった。

「大夫はどうされるのか?」と聞くと、「邑を預かる私が逃げ出すわけにもいくまい。呉にも肝の据わった者がおるのを見せねばな」と小柄な体を伸ばして言った。その晩、ロユユは兵士たちに、セイの邑に残りたい者は残ってよいと言った。

一方、サン大夫は邑の者たちに、東を目指したい者は、セイにまだ残っていた二隻の船に乗るように言い、邑の倉庫から食料や薪や土器や布を積み込んだ。セイの邑は江の南岸にあったし、いずれにしても船を残しておくわけにはいかなかった。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『東方今昔奇譚』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。