玲子は、そう言いかけてから、葉子を見やった。

「いや、そうでもないか。被害にあったのは気の毒だが、今夜ちょっとした手掛かりにはなった。全くの無駄足ではなかったな」
「僕も仕事柄、脱法ライス栽培の噂は聞いたことがあります」

富井田課長だった。皆の視線が、集まる。恥ずかしそうに、パツパツのパジャマの前を、無理矢理引っ張って、かき合わせた。

「他の稲と混植したりして、巧みに隠しているようです。正規の飯米や酒米も作って、売ってるので、脱法ライス米を闇で取引きされたら、絶対にわかりませんね。かなり高額で売買されてるので、手を染めてる農家は二桁じゃきかないという噂です」
「育種家の下で、栽培者をマネージメントする管理官(かんりかん)という輩(やから)もいる。規模が大きく組織的な犯罪なのだ……」

玲子と富井田課長のやりとりを聞くうち、徐々に葉子の意識は遠のき始めた。ふと、境内で見かけた人影が頭に浮かんだ。太った男が、五平餅屋と話してた気がする。見たことのある男だったが、どこで見たのか。思い出せないまま、葉子は眠りに落ちていった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。