母は三十五歳までには結婚してもらいたいらしい。

「接待の日なんか帰ってくるまで寝ないで待っているの?」

「一応、子供たちを風呂に入れたあとはTVを見たりしながら起きているんだけど、時々そのままソファーで寝ちゃうこともあって。旦那が玄関のカギを開ける音で目が覚めたりするのよ」

「ところで、美代子はどうなの、最近いい話はないの?」とあまり触れられたくないところを突いてきた。花帆は美代子の二十代後半の恋愛事件を知っている。でもあまりにも理不尽な結末だったからそれ以来出来るだけ恋愛の話は彼女の前ではしないように心がけてきた。

「私は結婚には興味はないの、でも周りの特に母親が心配していて、母の友人たちにも縁談話をしているみたい。母は三十五歳までには結婚してもらいたいらしい。今私たち三十三でしょう、後二年しかないよね、憂鬱だね」

花帆は「お母さんの気持ちは理解できる。でも三十を超えた女性は自分の意見をちゃんと持っているから、変な妥協は難しいよね」

「以前、といっても高校生の時、花帆の奥沢の実家にお邪魔したことがある。覚えている? 貴女のお母さんが花帆には三十歳前には結婚してもらいたいわねと言っておられた。多分女性は変に結婚に対する自己意識を持たない間にと考えての事だったのかしら」二人の間にしばらく昔を思い出すような沈黙が流れた。

思い出したように美代子が「そういえばお母さんはお元気ですか?」と沈黙を破り言葉を発した。

「ええ、両親とも元気よ。父親は未だ現役で仕事しているし。でも、奥沢の実家もかなり古くなってるのよね。今は両親だけの暮らしだけど、これから先どうするのかな……、昔の家だから庭の手入れも大変だと思うし。今は父がまだ元気だから暇なときに庭木の剪定など春・秋にやっているみたいだけど、これから年をとると体の自由が利かなくなるから高い木の手入れは危険だよね」