第一章 道 程

【3】

それにしても、清川が宮神を悩ませている核心について「羨ましい」と言ったのは、少なからず驚きだった。宮神にしてみれば大病院の跡取りである清川は、将来が約束されているも同然だ。同情されこそすれ羨ましがられているとは、思いもよらなかった。

確かに、宮神がブリティッシュコロンビア大学の森林学部で学べるかもしれないと打ち明けたとき、清川は「カナダにはそんな学部があるのか!? 」と目を皿のようにして驚き、わがことのように喜んでくれた。

まさか、清川が自分の志望する医学部と比べて、自分も森林学が学びたかったなどと思ったはずはない。宮神は、清川が父をどれだけ尊敬し、人の命を救う医師の仕事がどれほど尊いと思っているかをよく知っていたからだ。

ただ、物心ついた頃から決められていた道を行くことに、疑問を感じることがあったとしても不思議はない。宮神と同じくらい、山を愛し自然を愛し、植物に対する関心が高い清川のことだ。森林学という学問があることを知ったとき、自分がそこで学ぶとしたらと考えたのかもしれない。

それでも清川はブレることなく、医学部を目指して頑張っている。自分を育ててくれた父に感謝し、その助言に従い期待に応えていくことも、立派な道の選び方だと思えた。

自分も父親に相談してみようか――。

先ほどまでは、カナダ留学の道をあっさり否決した父を恨めしく思うところもあった宮神だが、清川と話してすっかり気持ちに折り合いがついた。

「僕を一人立ちにさせた廣大な父よ、僕から目を離さないで守る事をせよ、常に父の気魄を僕に充たせよ……か」

道程の一説をつぶやいてみた。高村光太郎が詠んだ「廣大な父」とは本当は大自然のことなのだが、いまの宮神にはとっては文字どおり「父」に寄せた思いであり、父に応援してもらえる道を選ぶのも悪くないという気持ちの変化でもあった。

陽は落ちて、あたりはすっかり暗くなっている。悩んで、笑って、お腹も空いた。早く帰らないと、夕食の時間に遅れてしまう。自転車で風を切りながら、宮神は家路を急いだ。