第一章 道 程

【3】

宮神と清川は、自転車に乗って釡無川にある公園にやってきた。宮神の家は川の西側にあり、清川の家は川の東側にある。陽も暮れかけて、先ほどまでここで遊んでいたであろう子どもたちはもう家路についている。自動車教習所の車が行ってしまうと、川の流れる音しか聞こえなかった。

ジャングルジムに登って、清川が宮神に問いかけた。

「カナダ行きの件、ご両親に話したかい?」

「話したさ」

「で、どうだった?」

「却下されたよ。けんもほろろさ。親父が絶対にダメだって。奨学金だって出るし、英語も話せるようになる。これ以上ないってくらい、いい進学先だと思うだろ?」

「なんでダメなのか、理由は聞かなかったのかい?」

「もちろん、聞いたよ。『カナダの大学へ行ったら、お前は絶対に帰ってこない。あっちで就職して家庭を持って、ずっとあっちで暮らすんだ。お前を外国にやるためにこれまで育ててきたんじゃない』って言うんだ。これまでずっと『自分の好きな道を行け』って言ってきたのに、ひどい矛盾さ」

「そんなに簡単に諦めないで、粘り強く説得してみようとは思わない?」

「無理、無理。ああいう言い方をされた時には、絶対に覆らないんだ」

「そうなんだ。それで、どこの大学へ行けって?」

「それは別に、言われてない。日本の大学だったらどこでもいいんじゃないかな」

「なら、好きな大学の好きな学部に行けばいい」

「国内に森林学部のある大学なんてないだろ?」

「でも、留学の道はなくなったとはいえ、進路を自由に選べるのは羨ましいよ。俺は、医学部しか受験できないんだから」

自分の中で、もうこれ以外には考えられないとまで固まっていたカナダ留学を、父親の鶴の一声によって白紙に戻された宮神は、進むべき道を一から探さなければならないことに、焦りを感じていた。

それに対して清川は、医学部に入って医師の道を突き進めばいいのだから、迷うところはなにもない。清川はそのために子どもの頃から家庭教師について、準備を怠らずにやってきたので成績も優秀だ。このまま問題行動を起こさなければ(もちろん起こすはずがない)、推薦入学で希望する医大に行けるのは間違いない。

「俺が羨ましいなんて、冗談言うなよ」

「冗談なんかじゃないさ。本当にそう思ってるんだから。森林学部は国内にはないけれど、法学部でも、経済学部でも、自然科学系の学部だって挑戦できるだろ」

「だから、それが選べなくて困ってるんじゃないか!」

「選べるのが羨ましいって言ってるんだよ!」

「まったく、変わってやりたいな」

「ほんと、変わってほしいよ」

そう言い合うとふたりは思わず吹き出して、しばらく腹を抱えて笑っていた。なんの解決策も見出せていないが、笑っていると気が晴れてなぜか前向きな気持ちになれる。それから小一時間ほど他愛もない話をして清川と別れた。