東京都立広尾病院事件東京高裁判決と医師法第21条

その後同年三月十一日に至るまで、L医師の見解を否定する判断材料をD医師及び被告人が入手した形跡は見当たらない。かえって、同月五日、組織学的検査の結果が判明し、前腕皮静脈内及び両肺動脈内に多数の新鮮凝固血栓の存在が確認され、これは前腕の皮静脈内の新鮮血栓が両肺の急性血栓塞栓症を起こしたと考えられる要素であったほか、心臓の冠動脈の硬化はごく軽度であり、内腔の狭窄率は25%以下であり、肉眼的、組織学的に冠動脈血栓や心筋梗塞は認められず、その他の臓器にも死因を説明できるような病変は認められなかった。

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同年三月九日頃、H事務局長は、Cから保険関係の書類を作ってほしいと依頼を受け、翌十日頃、Cから死亡診断書と死亡証明書の用紙を受け取り、同月十一日、D医師にこれを交付して作成を求めた。その際、D医師は、H事務局長から被告人と相談して書くように言われた。これら書類の提出先や使用目的については、H事務局長は、D医師に何も説明しなかったが、D医師は、死亡診断書用紙の冒頭に保険会社の名前があることに気付き、保険金請求用に必要だと理解した。

D医師は、鉛筆で下書きを始めたが、最初の二月十二日に書いた死亡診断書では保険の方がうまくいかないのだろう、死因は薬物中毒の可能性が高いが、解剖報告書には肺血栓塞栓症との記載もあったので、病死にするのか中毒死にするのかなどとその死因の記載について悩み、同年三月十一日夕方頃、被告人に相談に行った。