謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
自身の出生に隠された真実を知るために、ある絵を追い続けているエリザベス。奇しくもポルトガルで彼女と出会い、その追跡劇に加勢することになった宗像(むなかた)は、ロンドン在住の美術評論家である友人・心地に協力を要請する…。
A・ハウエルという画家について調べてもらいたい。早急に!
「やあ、宗像か? 今どこだ?」
「ポルトから百キロほど南のコインブラという街だ。実は今、ロイド財団のエリザベス・ヴォーンさんと一緒なんだ」
「冗談言うな! ……本当か? エドワード・ヴォーン会長のお嬢さんか? どうしてお前なんかと?」
受話器の向こうで驚く心地の様子が手にとれるようだった。
「小説より奇なりだ。長くなるから、それはまたの機会にでも話そう。いや、話しても信じてもらえないかもな……。それより、電話をかけたのはお前にまた頼みがあるんだ」
「俺でできることか?」
「実はポルトに来て、ロドア画廊というところで偶然不思議な絵を見つけたのさ」
「また絵を見始めたのか? ロドアなら良く知っているよ。確かポルトで一番大きい画廊だ」
「さすがだな。その絵というのが、ラファエル前派を彷彿とするような女性の肖像画で一九九九年の制作だ。フェラーラの絵に極めて似ているんだが、サインがない。それに背景が赤ではなく、こちらは青色だよ。まさか、まだ生きていて偽名で絵を描いていると考えるのも変だし……。
それと、海と山と街を描いた三枚の風景画の方は二〇〇〇年の製作だ。画風はフェラーラ風だが、シュルレアリスム的な影響もある。だが、こちらにはA・ハウエルとサインがある。これまでフェラーラは風景画など一枚も描かなかったしな。それでだ、頼み事というのは、このA・ハウエルという画家について調べてもらいたいのだ」
「おいおい、俺は警察ではないぞ。A・ハウエルというだけでは、どこの国の画家かも分からないではないか。それに、男か女かも分からん。そんなこと全く無理だ!」
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商