当初は1200万円とされていた横領額。最終的に判明したのはなんと…

翌日の6日の各新聞の朝刊は、どの新聞も五段抜き大見出しでこの事件を報道した。当日の午後、多久島は弁護士に付き添われて自首する。その後、明らかになったことは、横領した金額の多さだ。当初は1200万円と言われていたが、最終的には9000万円を超え1億円に近いことがわかった。

昭和31年の1億円が現在ならどれぐらいの価値があるのかという質問に答えることは、実は意外に難しい。計算方法によってかなりの差が出てくるのだ。もっともポピュラーなのは消費者物価指数を比較する方法かもしれない。この手法によると、現在(令和2年)の消費者物価指数は1956(昭和31)年の約6倍なので、現在なら6億円ということになる。

『全貌』で新田は、多久島の「この時の俸給は六級四号本俸九千六百円である。彼のツマミ食いの総額に比べて一万分の一にすぎない」と書いている。

現在の高卒の国家公務員の初任給は約15万円であるので、一万倍とすると現在なら15億円ということになる。このように比較対象によってかなりの差があるが、私の実感では10億円ぐらいかと思う。

とにかく、多久島の横領した金額の多さは当時の人びとを驚かせた。どのようにしてそれほど多額の金額を横領したのか。その手口は『全貌』によれば次のようなものであった。

多久島は農業共済団体事務費交付金を茨城県へ二重に送金して、その水増し分を誤送金であったとして茨城県から吸い上げたのだ。

なぜ茨城県なのかは『全貌』には書かれていないが、この交付金は各県の農業共済組合連合会に送られるもので、連合会に直接送る方法と県庁経由の方法との二通りの方法があり、県によってまちまちであった。

『全貌』の著者・新田はこれを問題視している。新田によれば、1953(昭和28)年に農林省農業保険課はこのルートを一本化しようとしたが、全国共済協会が反対して実現しなかったということだ。

ルートが二通りあったので、多久島はここに目をつけて不正を働いたのだと新田は言う。しかし、二通りのルートがあることに目をつけて不正を試みたのではなく、偶然ではなかったかと私は推測している。

あくまでも私の推測であるが、多久島は交付金をうっかり茨城県庁と茨城県農業共済組合連合会とに二重に送金してしまったのではないか。それを是正する作業のなかで、着服することを思いついたのではないだろうか。そして、茨城県農共連とのやりとりのなかで茨城県連に共犯者をつくっていったのではないだろうか。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『補助金の倫理と論理』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。