曇ってはいたが、湿った風、鳥のさえずり、遠くからの自動車の音、色とりどりの服に包まれ談笑する女学生たち。その声、会話のやり取りは闊達な音楽のようだ。

それらを感じている自分。僕は、自分が生きている実感を込めて、大きく深呼吸を一つした。いつの間にか、残りの三人が立ち止まっていた僕の周りに集まった。僕らの視線の先には、解剖学実習室が1階に有る、3階建ての灰色の建物が目に入った。11階建ての病棟やそれに隣接する9階建ての研究棟からは独立した、我々の知らない謎の多い建物だった。

時々得体の知れない自動車が入り口に横づけされていることがあった。あれは事件や死亡に不審な点があるときの遺体の司法解剖だ、と田上が教えてくれた。高校で同級生の楠田が、法医学教室へ出入りしているので、聞き知っているらしい。疲れたな、誰からともなくつぶやく。売店へジュースを飲みに行こう、と田上。いいよ、と高尾。俺は腹が減った、高久。僕は、できれば一人になりたかった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『正統解剖』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。