「芹生さんも遠慮なく頼んでください。ここは何を頼んでもそれなりの味だから」と島崎が言うと、タクちゃんは、

「島さん。それなりではなくこの上ない、が正しい日本語の用法ですよ」と返した。場が笑いに包まれた。

「では遠慮なくいただきます」と言って、生ハムにアーモンドをつけ合せてあるメニューを頼んでみた。少し不思議な組み合わせだったが、試してみると意外な相性の良さに驚いた。

「確かにこの上ない、が正しい用法ですね」と言うと、タクちゃんがにんまりとして、

「はい。日本語の正しい使い方については出版業界の旗手、葭葉出版島崎編集部長より上だと思っています」と言うと島崎が、

「タク全日本ペンクラブ会長様、今後ともご指導よろしくお願いします」と返した。再び爆笑に包まれ、編集部長室でのやや緊張した空気からすっかりくつろいだ雰囲気に変わり、しばらく取り留めのない文壇話や出版業界の裏話に花が咲いた。

やがて、ピアノ演奏が聞き覚えのあるスタンダードな曲を奏で始めた。それに呼応するかのように島崎が話題を変えた。

「芹生さん。本題に入りましょうか」
「あ、いえ。気になさらないでください。図々しいことを訊いたと反省しています」
「うーん。でも、それが今日の目的だから話しましょう」

島崎はバーボンを一口飲んだ。