第一章 道 程

【2】

授賞式が終わって二週間も過ぎると、校内のざわつきもすっかり収まり、友人たちの話題は普段どおりの他愛もないものに変わっていった。だが、一学期の期末テストを終えて夏休みに入ろうかというときに、さらなるサプライズが舞い込んだ。

それは、カナダの名門・ブリティッシュコロンビア大学が、宮神に推薦入学枠を与えるというオファーだった。担任からは、

「シンリン学部だそうだが、宮神にぴったりじゃないか。例の、ハイマツの研究がユニークだと評価してくれたようだ。海外留学となると親御さんの了解も得なければならないが、奨学金もあるということだし、よく話し合ってみるといい」

と、やや興奮気味に話を持ち掛けられた。「シンリン学部」と聞こえたが、宮神は「どうしてハイマツの生態が心理学と関係あるのだろう?」ときょとんとしていた。あとから「森林学部」と教えられたが、大学にそんな学部があろうとは思いもよらないことだった。だが、考えるほどに「森林学」は興味の持てる学問だと思えた。

親友の清川康一と出会ったのも、また山だった。甲斐駒ヶ岳を歩いているときに急に天候が変わり、激しい雨が降ってきた。山ではよくあることだ。霧も立ち込めてきたのでしばらく待ってやり過ごそうと岩小屋に行くと、清川がいてコッヘルで湯を沸かしていた。

「どうも。雨、降ってきちゃったね」

「そうだね。まあしばらくしたら霧も晴れるでしょ。よかったら、これ飲む?」

そういって清川は、インスタントコーヒーを淹れて宮神に差し出した。

「ありがとう。用意がいいんだね」

「まあね。これから頂上へ行くの?」

「いや、僕はこのあたりまで。植物採集してるんだ」

「ほんとに!? 」

清川は驚いて、リュックの中からビニール袋に包まれた野冊を取り出した。野冊というのは植物採集に使う竹製のカバーのようなものだ。採集した植物を新聞紙で挟み、さらに野冊で挟んで持ち帰る。清川の野冊には数種類のシダの葉が挟んであった。

「シダとは渋いなあ。でも、なんかわかる!」

「わかってくれるか!?  シダは最古の陸上植物で、胞子で増えていくんだよ。このあたりにあるシダはね、シノブカグマ、ミヤマワラビ、ヒイラギシダ……」

「すごいね。そうだ、これもシダかな?」

宮神はついさっき出合った植物を清川に見せた。葉はシダそのものなのだが、スズランにも似た小さな白い花が咲いている。シダの花とは珍しいと思って採取したのだ。

「ああ、これはオサバグサだよ。葉はシダに似てるけどシダじゃない」

「そうなんだ。ありがとう」

「どういたしまして。でも、こんなところで植物採集が好きな高校生に出会えるとはなあ。あ、キミって高校生だよね?」

「うん、高一。で、名前も甲一っていうんだ」

「偶然だなあ。僕も高一で、名前も康一だよ」

「家はどこ?」

「近くなんだ。北杜市」

「本当かよ! 僕も北杜市!」

清川は学校こそ違うものの、宮神の家から自転車で十分もかからないところに住んでいた。しかも、実家は地元で一番大きな総合病院で、宮神の家族もお世話になったことがある。趣味も同じ、家も近い。同じ高校生ということで意気投合して、それから互いの家を訪ね合うようになった。

学校が別々ということもあって、清川が訪ねてくるのはたいてい夕食の後だった。夜に出歩くと両親はいい顔をしなかったが、清川が一緒の場合は別だった。

医者というのは地元の名士で、その子息というだけで清川の印象はすこぶる良かった。さらに県内随一の進学校に通っており、礼儀もきちんとできている。要するに親受けが最高なのだ。宮神の母が、同じ年齢の清川を「さんづけ」で呼ぶことからも、清川への特別扱いは明らかだった。

※本記事は、2019年10月刊行の書籍『AMBITION 2050』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。