葉子が、重ねて礼を言おうとしたとき、ドアをたたくノックもそこそこに、玲子と高橋警部補が、部屋に入って来た。玲子は、葉子の顔を一目見て、安心したらしい。険しい表情が、少しだけ緩んだ。

「大丈夫そうだな?」

葉子が、ハイとうなずく。

「安心した」
「すみません、ご心配かけて。少し飲み過ぎちゃったみたいです」

玲子の瞳が、ほんの一瞬泳いだ。

「それは、どうかな。あの後、何があった?」

葉子は、何があったか思い出そうと、眉を寄せた。しかし、朦朧(もうろう)として、頭も痛い。

「それが、よく思い出せないんです。何か化け物を見て、宙が回ってた気はするんですが……」

玲子が視線を送ると、高橋警部補がうなずいて、話し始めた。

「今、先生と話して来ました。運び込まれたとき、脈拍が百を上回ってたと。頻脈(ひんみゃく)ですね」
「何だい、頻脈って?」

タミ子は、物識りだ。質問することは、珍しい。

「脈拍が、異様に速くなること。急性カンビナイト中毒の典型的な症状だ」
「アンモナイト中毒?」

タミ子が、首を捻る。

「カンビナイト!」

トオルが、叱責するように訂正した。

「脱法ハーブや、脱法ライスに含まれてる、麻薬成分だよ」

一瞬の沈黙。葉子は頭痛を忘れ、息を呑んだ。玲子が、葉子の顔をのぞき込んでくる。

「たぶん飲み過ぎじゃない。尿検査の結果を見てからだが、恐らく脱法ライスの中毒だ」
「脱法ライス?!」

ここ最近、よく耳にする言葉だ。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。