おじいさんはたのんでもいない、旧早川支店(川又商店)の説明をひとくさりすると歩き出した。運河に行くと思いきや、飴屋六兵衛本舗の前で右に曲がり、石造りの倉庫群がある、ちょっとした小径に連れていくと、「どこから来たのかね」と、たずねた。

「奈良です」よどみなく噓をついた。

「そうか奈良か……」

歴史や文化ではかなわない都市の名前が出て来ておじいさんの目は一瞬宙を舞ったが、「泊まりはどこか」と聞いてくるので、「札幌です」と答えると、「やっぱりな」おじいさんは、鬼の首でも取ったかのようにさけんだ。

「小樽に来る人は、たいてい小樽に泊まらず札幌に泊まる。小樽の夜はそんなにつまらんか。一日ちょこっと歩いただけで、何がわかる。小樽の良さがどうしてわかる!」

透はだんだんわかって来た。おじいさんはすごくヘンクツで、ガンコで、激しやすく、誰に対してもしぶ柿でも食べたような顔で接するのだろう。だからあのラーメン屋で、ちょっとした事でケンカするんだ。

ラーメン屋は、久々に出来た反撃の時を、有効に使ったのだろう。おじいさんは案外孤独なのかもしれない。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『小樽幻想』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。