大河の一滴は神秘の世界 平成十九年七月十日掲載

中学一年生の理科で水中の微生物を観察しました。選りすぐりの池の水をスライドガラスに一滴落とし、顕微鏡で見るとそこは神秘の世界。最新のデジタル顕微鏡をテレビにつなぐと大画面でゾウリムシの体が二つに分裂する寸前の光景をとらえることができました。

レイチェル・カーソン女史は『もしも私が、子どもの成長を見守る妖精に話しかける力をもっていたら、世界中の子どもに、生涯消えることのないセンス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見はる感性)を授けて欲しいと頼むでしょう。この感性は、大人になるとやってくる倦怠と幻滅、私達が自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、変わらぬ解毒剤になるのです』と言っています。

一滴の中に数え切れない微生物が生きている。一滴が人間にとって日本の広さに匹敵するなら、ビーカーの水は微生物にとっては宇宙かもしれません。微生物のミクロの世界の神秘を知ったとき、また一つ世界観が変わるかもしれません。水田にできる緑色の膜を見て、この膜が「ミドリムシ」その物であり、そこに神秘の世界を想像できる心を持ちたいものです。

サクラの実は苦し 平成十九年七月三十一日掲載

今、スーパーでは日本産とアメリカ産のさくらんぼ競争が盛んです。「さくらんぼ」とは元々西洋実桜(せいようみざくら)の実の愛称で、正しくは桜桃(おうとう)といいます。

観賞用の桜であるソメイヨシノにも、小さいながらもさくらんぼのような実がなります。しかし、その実を鳥が食べているのを見たことがありません。六月中旬にドドメ色(暗紫色)に熟し、美味しそうに見えたソメイヨシノのさくらんぼをかじってみたら、一瞬甘いかと思った次の瞬間「おえっ」とその耐えられない苦さに吐き出してしまいました。

その苦さは口中に広がり、しばらく消えずに残っていました。鳥が食べない理由はこれかと思いました。

桜桃は主に西洋実桜という木で、さくらんぼの収穫は気候的に適した山形県が七〇%以上を占めます。国産では今が旬の「佐藤錦」「ナポレオン」「高砂」などの品種があり、輸入ものはアメリカンチェリーとして出回っています。桜の花見は日本の国民的行事ですが、花が散った途端ほとんど誰も見向きもしなくなります。葉桜になった後、人知れず着実にミニサイズのさくらんぼができます。

日本人は勝手なもので、その実を観察する人は滅多にいません。そこで、理科の時間、生徒にちょっとかじってみなさいと言うと、平気でかじってしまいます。思わず吐き出した生徒に「ほら、苦いだろ」とひと言。ここでもセンス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見はる感性)を持ちたいものだとつくづく思いました。

地球温暖化と金木犀の匂い 平成十九年十一月十三日掲載

早朝の田んぼ道、燃えるようなヒガンバナの赤が網膜を刺激し、鳥のさえずりとコオロギの声が鼓膜をやさしく振るわせる。そしてトドメは嗅覚を襲う金木犀の香り。鼻が詰まっていても「そんなの関係ねぇ」ほどしっかり匂いました。これ以上の季節感はないある秋の一日でした。

昨年は九月二十日に匂い始めた金木犀が、今年は十月四日が匂い始めでした。匂い前線の通過は昨年より二週間遅れたことになります。ヒガンバナも咲き始めが遅く十月中旬まで田んぼと墓の周りに咲き誇っていました。千葉県柏市の人がブログで十月五日に金木犀が匂い始め、昨年は九月二十一日に開花したと書いていました。ちょうど一日違いには驚きました。ちなみに、金木犀は中国から江戸時代に持ち込まれて以降、日本では主に挿し木で増やされました。

そのため国内の金木犀の遺伝子情報はほぼ同じで、同じ地域ならばほぼ一斉に開花するようです。また、金木犀の木には雌雄があり、日本の金木犀は雄の木ばかりで実がなりません。金木犀の開花は桜と同様、気温が大きく関係しているようです。この夏の猛暑、残暑に代表される地球温暖化の影響で、平年より二週間遅れて匂い始めたようです。
 

※本記事は、2018年7月刊行の書籍『日本で一番ユーモラスな理科の先生』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。