そして、禅の本来のレベルまで戻すには、どれだけの時間がかかるのか……? 突然、禅の頭の中を賢一の言葉が過った。

“アリとキリギリス”

禅は不安になった。その不安を払拭するように呟いた。

「手術は成功した、スポーツマンに怪我は付き物……心配ない……」

禅が入院している病院に、賢一が見舞いに来ていた。

「怪我の具合はどうだ?」
「手術は成功したよ、あとは回復を待つだけだ」
「そうか……良かったな」
「ああ……」

禅は真面目な顔をした。

「俺にはバスケットしか無いからな……」
「そうだな……」

賢一は、そう答える事しか出来なかった。禅は、暗い雰囲気を変えようと、笑顔をつくり賢一を見た。

「お前の調子はどうだ?」
「ああ、俺は相変わらずだよ、お前みたいに華がある人間じゃないから、地道に頑張るしかない」
「………」
「お前も手術が成功したんだから、また頑張れよ、お前は生まれ持ってのスターなんだからな」

それを聞いた禅は苦笑した。

「ありがとう……」

それ以上お互いは話す事がなかった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『アリになれないキリギリス』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。