ダンっという衝撃と共に、呼吸ができなくなった。身体に、何か巻きついてくる。ほどけない。

苦しいが、身体が動かせない。助けを、叫ぼうとしたとき、口から水が入ってきた。葉子の意識は遠のき、途切れそうになった。

意識が途切れる寸前。浮揚力を、感じた。身体が、グッと浮かび上がる。

顔が、水面から出た。大きく、息を吸い込んだ。誰かが、支えてくれている。

「ヨーコさん、大丈夫ですか?」

聞き覚えのある声が、聞こえた。誰だったか? 呼吸が楽になり、安心したとたん葉子は、意識を失った。

「おっ、目が覚めたかい」

目が覚めると、タミ子が心配そうに、のぞきこんでいた。

「良かったぁ。気がついたね。ヨーコさん」

トオルの声も、聞こえる。気づくと、葉子は、白く清潔なベッドの上に寝かせられていた。

「おかあさん、ここは?」
「救急病院だよ。もう大丈夫さ」

タミ子の後ろから、トオルの心配そうな顔ものぞいている。ふと、安心した瞬間、心の底から恐怖に襲われた。

どす黒い不安に、心が飲みこまれる。葉子は、大声で泣き出し、タミ子に抱き着いた。

「おかあさん、おかあさん、おかあさん。怖いよ、怖いよ、怖かったぁ」
「ああ、よしよし。もう大丈夫だ。安心おし。大丈夫、大丈夫だから」

タミ子に、ヒシと縋りつく。年齢からは、想像できないほど、がっちりした体格には、どっしりとした安心感があった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『山田錦の身代金』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。