何者かによって貴重な山田錦の田んぼに除草剤が撒かれ、500万円の身代金を要求する脅迫電話がかかってきた事件。蔵元内には調査本部が設置され、調査が進められていた……。

この蔵の事情も、なかなか複雑そうだ。

「まんばち眩んで、砥石枕(といしまくら)で寝る」という諺(ことわざ)が、出雲弁にはある。葉子の父親の口癖だった。

目が回って、冷たい砥石を枕にしても気づかないほど、酔ってる様子を指す。いま、葉子のまんばちは、眩んでいた。

世界がぐるぐる回る。足がからみ、もつれる。頭が大きく揺られ、止められない。

真っすぐのはずの橋の欄干が、くねり、うねる。ぐにゃぐにゃと、曲がって見えた。目の前で、道化師が踊る。夜空の星と月は、速度を上げ、夜空を渦巻いた。

玲子たちと店を出た後、もう一杯と思い、一人で次の店に行った。だが、一、二杯しか飲んでないはず。なぜ、こんなに世界が揺れるほど、酔ってしまったのか?

ほんの数メートルほどの橋なのに、いつまで歩いても、向こう側に着かない。欄干を掴もうと手を伸ばすが、すぐそこにあるのに届かなかった。

手が大きく空振りする。頭が仰け反った。頭がガンガンし、吐き気も起こってくる。目の前が、薄暗くなってきた。視界の隅を、巨大な花が飛ぶ。

見上げれば、マルマルと巨大な顔に見下ろされていた。転げそうになる自分を支えるため、もう一度欄干に手を伸ばしたが、掴めない。違う、目測が狂っていた。

欄干は手前だ、しかも高さが全然低い。大きく空振りした拍子に、上半身が泳ぐ。足がもつれ欄干に躓き、宙に転んだ。どこか遠くで、微かに名を呼ぶ声がする。

顔は、川へ向いていた。川面にも巨大な顔、恐い。ゆっくりと、巨顔が近づいて来る。