ここで働き、疑問を抱き、消されなかった者はいない。

なんとか、ここから脱出させてやる手だてはないか――?

どんなに頭をひねっても、無理だという答えしか出なかった。ここに田閔(ティエンミン)がいてくれれば、助力を頼めたかもしれないが、ひとりではどうにもならない。

人目をしのんで、畜舎へ行った。

彼女は、旅に出るようなかっこうをした私を見て、目をまるくした。

「おわかれを言いに来た。内廷に働き口がみつかってな……そこへ行くことにした」
うつむいて、ぽつりと言う。

「そうなの、おめでとう。さびしくなるねえ」
「……すまぬ」
「あんた宦官だから、ほんとはそっちで働くのがいちばんいいんだろうね。よかったじゃない。皇帝陛下のもとでやれるなんて」

「……う、うむ」

あんたを、ここから、脱出させたい。でも、わしはまだ、なんの力ももたぬのだ。脳裡には多くの言葉が浮かんでは消えたが、なにひとつ、口にできないもどかしさ。

「あたしも、近々、やめるよ。もうしばらくこの市にいて、仕事をさがすことにする」
「……それは、あぶないぞ。やめるなら、北京をはなれることだ」
「どうして」
「ひとたび漁門ではたらいて、わしらと同じように疑問をいだいて、終わりをまっとうできた人はいない」

石媽(シーマー)が、眉をひそめた。

「そなたの前任者は、羊七(ヤンチー)という、丸太のような腕をした男だった。ここではたらく危険を、おしえてくれた。しかし、ある日とつぜん、姿を見なくなった。殺されたんだ」

「殺されるところを、見たの?」
「見た」

「……はは」

石媽(シーマー)が、さびしそうに笑った。