もう一人のS氏も当社で営業部長から取締役になり、定年を越えて六十二歳まで在籍した。その後、より給料の高い会社に取締役として引き抜かれ、転職を決意。引き留めたものの、彼の意志は固かった。

長年勤めてくれたのでホテルで盛大に歓送会を開いて、気持ち良く送り出すことにした。だが、不審なことに移る会社を明かさなかった。

就業規則では当社の財産である得意先や仕入先に行く場合は事前に報告相談することになっていた。怪しいと思ったが、追及はしなかった。

そうしたところ、彼が辞める二十日ほど前に、入社するはずの会社が倒産したとの情報が突然入ってきた。しかも、まさしく当社の得意先だった。

後で聞いてわかったのだが、その会社の社長に騙されて重役にしてもらう代わりに五百万円の株を買うことになっていたとのこと。残念ながら、彼は当社の取締役でありながら就業規則を破って転職するつもりだったのである。

彼は危ういところで五百万円を払わずに済んだが、「世間は甘くない」と身をもって知ったと思う。私は、一時はカムバックさせようと思ったが、社員の手前、再雇用はしなかった。

「飛ぶ鳥跡を濁さず」とはこういうことか。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『復活経営 起業して50年 諦めないから今がある』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。