「それでは、あなたの自己紹介を三分程度でして頂けますか?」

僕は再来月にオープンする大阪の某高級レストランのバイト面接を受けに来ていた。このバイトの存在を教えてくれたのは、同級生のマコトだ。「駿ちゃん、ええこと教えたろか?」と満面の笑みで言うので何かと尋ねると「お金欲しい?」と当たり前の事を聞いてきた。面倒臭いなと思いながらも「うん、山ほど」と伝えると「実は、ええバイトあるねん」とにんまり笑う。

「高校生、お断りの怪しいやつちゃうんか?」

「ちゃうねん、ちゃうねん。今度、梅田にオープンする高級レストランやねんけどな、何がええて、とにかく時給がええねん」

僕が「なんぼなん?」と聞くと、マコトは大きな眼をぱちつかせて「1200円。ヤバない?」と自慢げに言う。「高いな。ええやん」「せやろ? 外資系らしいから」「外資系なんや」と外資系のどこがいいのか、いまいちわからない二人が、雰囲気で話をするとこうなる。

「駿ちゃん、一緒に面接受けに行かへん?」

「あー、でも、今の寿司屋のバイト先には、お世話になってるからな」

「寿司屋、時給なんぼなん」と尋ねるので、「800円」と即答。

「駿ちゃんは、アホやなぁ。時給1200円やで? 今のバイト代の1・5倍やで。同じ時間働いて400円も多く貰えるんやで。ある意味、分身の術使って稼いでるようなもんやん。働くステージを変えることで、駿ちゃんが1・5人になるねん。働けば働くほど、めちゃめちゃ分身していくから。いっときの情でビジネスチャンスを逃したらあかん。やから、一緒に行こう!」

おそらく、マコトは一人で大都会の高級レストランの面接試験に行くことにビビっていたような気がする。だから、僕を誘ったんだと思う。そう感じた。

結局、僕はこの誘いにのることにした。マコトが弁する分身の術という表現は確かに稚拙ではあるのだけれども、物事の本質を真芯から捉えている気がした。僕はいっときの感情でビジネスチャンスを逃さないことにした。

面接会場は、大阪市中央区にある地上40階建の高層高級ホテルの一室だった。会場は大都会の高級ホテルだけあって、何気ない壁面、廊下に敷かれた絨毯、ロビーに設置された机やソファ、この建造物に接着している全てのものがいちいち高級感を帯びていた。尼崎な僕らは、当該高級感に物怖じしながら黒っぽいガラス張りの自動ドアを経由してホテル内に潜入した。

一階でエレベーターを待っていると、私、こんな高級ホテルで働いてますけど何か御用かしら的な、この高層ホテルより高いプライドを持ち合わせた香水臭いOLがうようよいた。その香水臭さが自分よりも断然オトナに感じて、面接前の僕らの緊張を高めた。チン、とどこか上品なベル音とともに19階に到着。

エレベーターを降りた瞬間、面接会場の景色が僕の眼球に飛び込んできた。その光景に何よりも驚いたのは、人、人、人、人の群れ。面接会場は、初売りバーゲンのような人混みでごった返していた。新規オープニングスタッフの大量採用ということと、破格な時給設定という理由で、超人気バイトであるようだ。当然のことながら、ここに集まった全員が採用されるわけではない。今日の面接試験で、大半が篩(ふるい)に掛けられるのであろう。

普段はイベントなどの催しで使用するであろう、だだっ広いフロア会場を薄青色のパーテーションで区切り、長机とパイプ椅子を設置した漫画喫茶の小部屋を少し大きくしたような個室がたくさん設営されていた。会場を見る限りでは、おそらく集団面接試験なんだろうなと思った。

会場受付で氏名を申し出ると、受付の香水臭いOLが嘘臭い笑顔と、きな臭い対応で待合室に誘導してくれた。マコトは別の待合室へ誘導された。別れ際にアイコンタクトをして、互いの健闘を祈りあった。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。