邪気:90 代謝:80 正気:80

入学式には母親も出席予定で、前日に高知から京都入りし、駅前に宿泊していた。元来方向音痴の母は、一度引っ越しの際にアパートには来ていたものの、二度続けてたどり着く能力はなかったようだ。

朝六時三十分前、近くまで来たから迎えに来てと電話がかかってきた。この日ばかりは遅れないようにと早く起きてはいたが、それにしても早い。寝ぼけ眼まなこで慌てて家を飛び出し、まだ人通りの少ない歩道に佇む母を連れて部屋に戻る。

靴を脱ぐや否やタクシーで来たのに思った以上に時間がかかったと不満を口にした。いったい何時に着くつもりだったのだろうか。昔から心配性で、いつもこうなのだ。

おまけに朝すぐ食べられるようにと、おにぎりやサンドウィッチなどをしっかりコンビニで買い込んでいた。予定をきっちり立て、それを早め早めに実行していく母なのでこういうときは助かるけれど、息苦しいことの方がはるかに多い。

二週間前に買ったばかりの真新しいスーツに袖を通す。ぼさぼさの髪を引っ張りながら、櫛ぐらい通せばと促され、寝ぐせがなくなる程度に蛇口から出る水で整えた。

だいたい高校三年生の夏まで坊主頭で、それ以後もかっこよく身なりを整えるなどという感覚がまるでなかったから、当然櫛なんて使ったことがない。

この部屋に櫛があっただけでも奇跡的なことなのだ。ただそれを言われるまでもなく、今日ばかりはこういうのも必要だろうという一般常識は自分の中にも転がっていたようだ。

入学式は九時からで、アパートの近くからバスで十分もあれば着くのに、急かされるまま八時前には部屋を出た。もちろん早く着いたが、案の定時間を持て余すことになった。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『桜舞う春に、きみと歩く』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。