大丈夫。いつか春がやってくるから
第一志望の大学で充実した日々を送る沢波俊樹。
サークルで出会った、一見クールでひときわ美人な春田恵美と、高校時代からの友人で気心の知れた木下和との間で揺れ動く心。
そんな彼に、恐ろしい病魔が迫っていた――。
青春のときめき、切なさ、葛藤、温かさを爽やかに描いた、感動の純愛小説を連載でお届けします。
春の出会い
邪気:80 代謝:75 正気:70
僕は高く夜空を見上げた。
アパートの前には疎水が流れていて、その間に幅二メートルほどの小道がある。そこには遠くの街灯と家々から漏れる明かりしか照らすものがなく、夜空にはたくさんの星が見えるような気がした。
疎水に沿って吹き来るまだひんやりとした風は、雨後のアスファルトの匂いを含んでいて、ジワリと脳を覚醒する。お尻がムズムズして背中にゾクーンと電気が走る。そんな異様な興奮を覚え、ニヤリとした。今まで味わったことのない感覚。
(なんも言えん!)
ずいぶん前に流行語にもなったような言葉が浮かぶ。言いたいことは今よくわかる。
でもしばらくすると、せっかくの興奮も静かに冷めてくる。
(そのうちこんな感じ、忘れてしまうんやろうな)
僕はもともとそういう風に考えてしまうのだ。
第一志望だった京史大学農学部。合格発表される場所を間違えて、僕が見に行ったときには人もまばらになっていた。そのため、ずいぶん遠くから掲示板に自分の番号を見つけることができたが、閑散としたその場所で大声を上げるわけにもいかず、俯いたまま、全身を駆け巡るその喜びを噛み締めた。その感激からまだひと月あまりしか経っていない。
願を懸けた数多くの神社へのお礼、世話になった予備校への挨拶、親族からの合格祝い、このアパートの選定などと慌ただしく時間は過ぎていき、今日ようやく本格的にこの京都に引っ越してきた。
日中は引っ越し業者に頼んであった荷物を搬入し、とりあえずここいらにと適当に片付けた。たぶんこのとりあえずここいらが何年か続くのだろう。もっとも荷物はそんなに多くなく、家具も必要になったときに買いそろえるつもりだったので、コンパクトな部屋にもいくぶん余裕がある。
あらかた片付け終わったのは、もうすでに陽が沈んだ後だった。一息つくにもまだ何もないこの部屋。ジャケットを羽織り、財布だけ持って、二階から狭い階段を下りて外に出た。そして高く夜空を見上げた。
今日から念願の、一人暮らしの大学生活が始まる。
★邪気指数、新陳代謝指数、正気指数
漢方の立場で見た、主人公沢波俊樹の体調を示します。本来、漢方にはこんな指数はありませんが、これに近いことをもっと細かく考えながら対処します。これらの変化は人によって異なります。
●邪気指数
体の中に溜まった不要なもの(邪気)の量を示す指数です。邪気は誰の体の中にもあります。食事の質や偏り、嗜好品、食べる時間などで変化しやすく、新陳代謝指数が下がり排出が悪くなることでも上昇します。邪気がかゆみの元にもなることがあります。ここでは50~150を正常範囲とします。150を超えると体調を崩しやすくなります。ただし、正気指数が高い方は、邪気指数が高くなっても体調を維持することができます。
●新陳代謝指数
体の中の、良い物(正気)、悪い物(邪気)がどれだけスムーズに動いているかを示す指数です。通常人が生きていく中で、良い物(新)を取り入れて、いらないもの(陳)を排出しています。それがスムーズに動いていること(代謝)が大切です。飲食の消化吸収、大小便での排出、血流、発汗などトータルの指数とします。運動不足やストレスなどで低下します。ここでは70~100を正常範囲とします。新陳代謝指数が下がると邪気指数が上がりやすくなり、下がっているときには正気指数も下がっていることが多くなります。
●正気指
数
体の元気(エネルギー≒正気)の指数です。バランスの良い飲食で満たされ、ほど良い休息をとることで作られます。逆にストレスや過労で低下します。正気が少なくなると、体のだるさや意欲の低下がみられ、免疫をコントロールする力が弱り、かゆみを抑えられなくなり、症状が悪化します。ここでは70~100を正常範囲とします。正気指数が高いと新陳代謝指数は上がりやすく、邪気指数が少々高くても生活に支障はありません。