兄のしわざだったとは……「バッテンサン、どころか許せない」


「いとこがもう結婚してるんだ」と香奈は言った。
「それじゃあ小林さんは子供が好きなの?」
「またまたバッテンサンですよ」と小林は言った。

「子供がかわいくてしょうがないのはおじいさんやおばあさんですよ。親になるとかわいいだけではすまなくなり、時々憎らしくなるらしいですよ」

それから小林は少し考えた。

「実はね。僕に好きなものを聞くのは禁句なんです。入学の時に、大学当局からアンケートがあって、自分のことについていろいろ記入させられたんですよ。僕は面倒くさいことが嫌いでね。何が好きか。何もなし。何が嫌いか。何もなし。自分の性格は。特になし。入学にあたっての希望は。何もなし。僕はしばらく経って学生課に呼ばれましてね。もう少し真面目に書きなさいって指導されたんだが、困ってしまってね」

「それでなんて書いたの」

「それは秘密」と小林は言った。「それでうっかりそれを、香奈さんの兄さんに話したら、噂を立てられてね。何が好きか。独り言。何が嫌いか。アンケート。自分の性格は。変わってる。入学にあたっての希望は。放って置いてほしい」

「ひどいー、それ、うちの兄が作った話なんだ」と香奈は言った。「バッテンサン、どころか許せない」

「いや、村上君はそこがよいところなのですがね」と小林は言った。「いや、みんなが噂を信じたのには参りましたよ」

小林はポケットから一枚の紙切れを出すと、テーブルの上に放り出した。

「それ、何?」

読んだ香奈は絶句した。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『百年後の武蔵野』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。