「駿一くんが知らない、きよちゃんの話かぁ。きよちゃんの話なぁ。ほんま苦労話しかないでぇ?」

田口さんは苦笑いをした。

「アハハハ。ほんま苦労人ですね。なんで、そうなってもうたんやろ?」

「ちょうど駿一くんが小学生のときくらいかなぁ。お父さんが消費者金融から、めちゃくちゃ借金してることが発覚したんや」

「あ、聞いたことあります」

「それも一社ちゃうねんで。何社も掛け持ちして結構な金額借りてて。働いても働いても、毎月返済に追われてたなぁ」と田口さんは過去の記憶を丁寧に顧みながら、回顧して懐古して続けた。

「このひだまり園で必死に働いて、やっと貰った給料も全部が借金返済に消えるわぁ、私の労働って一体何なんやろ、消費者金融の社員のために働いてるんちゃうかって思うわぁ、っていっつも笑って言ってたなぁ。いっつも同じ服着まわして、着たきり雀で節約しとったなぁ」

僕は「へぇ」と相槌をうって、頭の中でオカンを浮かべた。

「そういえば、こんなことあったわ。思い出した! 真面目でコツコツ働くきよちゃんがね、ある日、私にお金貸してって言うてきたんよ」

「お金ですか?」

「5万円やったんやけどね。私、びっくりしてね。お父さんのことがあったから、借金すること自体が大嫌いやったのに、私にお金貸してっていうのが不思議で、不思議で。心配になって、使い道を聞いたんよ。そしたらな、卒業式の衣装買いたいって」

「卒業式? 誰のですか?」

「誰のて、駿一くんやんか」

「僕の?」

「そうよ。駿一くんの小学校の卒業式よ。晴れ舞台やから、綺麗な格好させてやりたいって」

「あ!?」

「何よ!? びっくりするやないの?」

「イズミヤ!」

「イズミヤ?」

「思い出した! オカンがイズミヤに連れていってくれて、卒業式用の洋服を買ってもらいました! 結構、高級やった記憶あります!」

「そう! それよ。それ、私のお金ね?」田口さんはガハハハと笑った。「その節はお世話になりました」と僕も笑った。

「どういたしまして。まぁ、きよちゃん、真面目やから翌月にはきっちり返してもらいましたので」と彼女は丁寧に付け加えた。

「きよちゃんがね、言ってたんよ。お父さんや周りの反対押し切って、私が生んだ子が小学校を卒業するねん、て。これって、ほんまに嬉しいことやって。やから、節目節目の入学式や卒業式は、ちゃんと綺麗な格好させてあげて祝ってあげたいねん、って。ことあるごとに言うてたよ」

「……そうッスか」

「駿一くんが成長していく過程でね、この世に生まれてきて良かった、生きてていいんやって、思わせたかったんやと思うよ。きよちゃんは優しいから」

柔らかい感慨を込めたこういう問答を二度三度繰り返して、二人で紅茶片手に和スイーツを食べているうちに、いつの間にか僕らは親密になってきて、オカンに関する色々な話をした。オカンの若かりし頃のことはもちろん、施設でのオカンのカリスマ性、施設で起こったオカンの伝説などなど。

話をしていて、一つわかったことがある。それは田口さんが本当にオカンのことが大好きなんだな、ってことだ。彼女は僕が知らない職場のオカンや、僕が生まれる前の頃のオカンを知っている。

オカンの過去を知っていない僕からすれば貴重なお宝話なのである。一方、僕は田口さんが知らない、加工していないどリアルな家のオカンを知っている。お互いが知らないオカン情報を互いに交換しあって盛り上がった。

モンスターペアレントに対するオカンの勇敢な行動、子ども達とオカンの涙涙のエピソードが特に印象に残った。僕はなんだか嬉しい心持ちになってきた。田口さんと僕は、結局、オカンの大ファンなのだ。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。