日本のジャンヌダルク

「そうです。日本国民は小さいころから、天皇陛下が日本国を造った、そして国民は天皇陛下の子供だと教えられ、心の底からそう信じていました。だから、もし天皇を死刑にすれば、日本人は、一人残らず殺されるまで抵抗し続けるのではないかと危惧されたのです」

「ふーん、そうなんだ。でもいまはもうそんなことないですよね」まゆみがつぶやいた。

「でもね、沢田さん」夫人はほほえみながらいった。「三つ子の魂(たましい)百までもって、いうでしょう。お年寄りの方の中には、いまでもそう信じている人がいるのよ。そして社会の制度や慣習もそのころとそう変わってはいないということも多いし……」

「ああ、先ほど古代の遺跡は奈良県の財産だといわれたのは、そういう意味もあるんですね」沙也香はうなずきながらいった。「昨日史跡を見て回って感じたんですけど、奈良のお寺に来てみると、どこか郷愁を覚えるというか、なにか日本人の心の奥底をくすぐられるような気がするのはそんな歴史があるせいかもしれませんね」

「そうでしょう。わたしもそんな気がします。そして特に奈良の人にとっては、古代史の定説を否定されることは、自分の大切なものを傷つけられるのと同じことなのですよ」

「難しい問題ですね」

「ですから、古代史を根底から変えることは、革命を起こすのと同じです。日本人の思想や社会制度を変えるくらいの気で取りかからなければ、古代史を変えることはできません」

「そうですね。いわれてみればそのとおりかもしれません」
「主人は、あなたにジャンヌダルクになってほしかったのだと思います」
「えっ、ジャンヌダルクですか? どういう意味でしょう」