新兵

「嘘をつけ。やり直しだ」……山口へのビンタを手加減したと指摘された初年兵の杉井。
失敗したときの罰則とは言え、容赦のなさすぎるビンタ合戦には辟易だ……。

毎日のように繰り返される体罰に、感覚が麻痺してくる者も。

やむを得ず、杉井は、力を込めて山口の頬を張り直した。

山口の頭がぐらっと揺らいだ。「山口、許せ」と心の中で思うや否や、野崎が杉井の腕をぐっとつかみ、
「違う。こうやってやるんだ」
と、これ以上できないと思うくらいの力を込めて杉井の手で山口をひっぱたいた。山口は床に落ちた。

「山口二等兵、姿勢が悪い」
野崎の声に山口は起き上がって不動の姿勢をとった。唇が切れて血がにじんでいる。

「ビンタというのはこうやってやるんだ。山口二等兵、杉井二等兵の教育に感謝するように」
こう言い残して、野崎は次の相対ビンタの点検に移った。

杉井は、他の初年兵に比べれば少ない方ではあったが、それでも受けた洗礼は相当な数にのぼった。杉井が最初に受けたビンタは入営二日目だった。藤村上等兵から、

「杉井二等兵、この日誌を班長殿に届けて来い」
「はい。了解しました」
と言って、「まずい」と思った瞬間、藤村の平手がとんだ。

「杉井二等兵、班長殿に日誌を届けてまいります、だろう。言われたことの復唱もできん奴は廊下に立っとれ」

絶対服従の軍隊では、抵抗などできないことは百も承知であり、この時も杉井は直ちに不動の姿勢を取った。しかし内心は、この程度のことで殴らなくても、という気持ちがあり、それが多少表情に出た。途端に、
「何だ。そのツラは」
藤村から追加のビンタがきた。杉井は無言で廊下に立った。

この初年兵教育における体罰は、毎日のように繰り返されると徐々に感覚が麻痺して、軍隊においては当然必要なものと思い始める者も出てくる。しかし杉井はいつまでたっても、このような形での訓練のやり方に合理性を見出すことができなかった。

古参兵の中では、唯一いろいろな話のできる大宮上等兵に、杉井は、偶たま々たま夕食で隣り合った際に、軍隊生活において日頃疑問に感じていることを話してみることにした。