室長が社長に聞き、必要があればすぐ弔電を打ち、場合によれば、弔問の用意をし、香典を包み、車の手配をした。新聞社はつき合いが広いので、毎日、誰かが該当した。

毎日、人の死と向き合う事から始まるが、慣れると事務的にこなせてしまう。でも、その人が非常に若かったりすると、やはり、ショックを覚えた。

どんなに偉くても、功績を残しても、人は誰も必ず死ぬ。それを否応なく知る仕事だった。

うれしい仕事もあった。毎週、月曜日の朝には、いつも花が届き、嵯峨御流の師範を持っている私は、応接室にそれを生けさせられた。

私は週の始めの、この仕事が好きだった。お客にその花をほめられる事も幾度かあった。

土曜日の花の稽古にも欠かさず行った。花を習うのも楽しかったが、柔らかな物腰で、いつもおしゃれな野原先生を観察し、こんな大人の女性になりたいと思い、先生の所作や言葉遣いを見習おうとチェックしていた。

※本記事は、2019年6月刊行の書籍『愛』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。