ついに、山田錦の身代金500万円の準備は整った

岩堂鑑識官の報告を聞いて、勝木は補足した。
「聞き込みからやけど、いずれの時間帯もあの周辺は人通りなく、目撃者もなしや」

様々な調査の報告書が、上がって来ていた。烏丸酒造と秀造は、かなり恨みを買っているようだ。酒の管理が悪いと、出荷を打ち切られ、逆恨みしている酒屋。烏丸酒造のせいで、銀行融資を打ち切られたと信じる近隣の酒蔵。リストラで、首を切られた元社員など。

特に最近は、新規の酒屋との契約を巡って、老舗酒屋である義父との仲が険悪になっているという。

岩堂鑑識官が去り、二人きりになってから、勝木は高橋警部補に尋ねた。

「この事件、高橋さんたちの追ってる件と、関わりがあると思いますか?」
「さて、脱法ライスと関係あるかどうか。今のところは、なんとも言えませんな。田んぼに毒がまかれ、身代金が要求されただけですから」
高橋警部補が思案深げに、軽く首を傾げた。

「勝木さん」
声と共に、ドアが開き、秀造が入ってきた。
鞄を提げている。ワカタが、後ろから続いて来た。勝木は、思わず背筋を正した。

「現金が揃いました。ワカタさんの会社のスタッフが、たった今、こちらに届けてくれたんです」
秀造が鞄を開け、現金を見せた。きれいな札が、五百万円分入っている。

「ありがとうございます。後は、向こうの出方次第ですな」
「今夜は、あまり眠れそうもないです。こんな大金が、枕元にあったんでは」

苦笑いする秀造を見て、勝木は夕方この部屋で会った男を、思い出した。いきなり部屋に入ってきた初老の男。

「烏丸さん。夕方、品のいい初老の男性が、探してましたが?」

紳士然としていた割に、どこか胡散臭かったことは、口には出さなかった。