何者かによって貴重な山田錦の田んぼに除草剤が撒かれ、500万円の身代金を要求する脅迫電話がかかってきた事件。蔵元内には調査本部が設置され、調査が進められていた……。

撒かれた毒物は、青い除草剤「パラコート」

夜も、更けてきた。
勝木がそろそろ酒蔵から、帰ろうと思い始めたころ、岩堂鑑識官が、顔を出してくれた。土壌分析結果を、わざわざ届けに来てくれたのだ。兵庫県警が誇る、科学捜査研究所が行った分析結果である。

「ここは帰り道で、明かりが点いてたから寄ってみたんです」
岩堂鑑識官の言葉に、勝木は心から礼を言った。

夜が深まるにつれて、烏丸酒造の事務所の中は、深々と冷えこんで来ていた。古い建物だけあって、照明は暗め。高い天井の隅には光が届かず、暗く影になっている。

蔵人は、皆とっくに引き上げた。オーガペックの検査官たちは、つい今しがたまで、黙々と書類審査を続けていた。だがそれも、ひと段落したらしく、税務調査室も今は真っ暗。蔵の中は、静まり返っている。蔵の闇が、だんだん濃くなっている気がした。

高橋警部補は、少し前に病院から戻って来ていた。
軽トラックの運転手の意識はなく、空振りだったらしい。
二人、並んで岩堂鑑識官の報告を聞いた。

「犯行現場は、播磨市楓里町の圃場。広さ約一反、三十メートル四方で、南側に農道が通っている。圃場の北東角部付近、約一・五メートル四方に薬物が散布されています。土壌分析の結果から判断すると、まかれた毒物はアルキルビピリジニウム塩系の除草剤です。稲なら、まいて数日で、枯れ果てます」

農薬をまくのに、一般的な噴霧器を背負って使用したらしい。

「そいつが、青色なのか?」
「はい、青に着色してありましたから、パラコートですね」
「ああ。昔、向こう三軒隣の爺さんが、自殺するときに使ったやつやな」

勝木が子供のころ、農家には必ず、パラコートが置いてあった。子供心にも、不吉で恐ろしく見えたものだ。

「散布された除草剤の種類と、稲の枯れ具合から推定しました。犯行推定時刻は、三日前の深夜から未明。昨夜遅くから未明に、稲が枯れたのを確認し、脅迫状をポスティングしたと思われます」