―マコトが動いた―

先制攻撃を仕掛けたのはマコトだ。この流れにのって、『あかんたれ』を誘発させようとしているのは自明の理。

「田中せ〜んせ〜い、委員長怖いんですけど〜。後で絶対泣かされる〜、こ〜わ〜い〜」と先生に、あかんたれ顔を撃ち続けるマコト。瞬間、先生が「ほんまにお前は……、」と口を開く。

マズイ! この非常に良い流れの感じはマズイ! 『あかんたれ』街道まっしぐらのやつだ。小林、タケ、僕の意識が先生の口元に集中。時が止まる。

そして……、「ほんまに、お前は……、情けないヤッチャの〜」

耐えた! 危ない! 今のは、完全に危なかった。情けない奴、と、あかんたれはほぼ同義! 少しでも歯車が狂えば、ド泉州の先生は完全に『あかんたれ』と言っていた。マコトが撃った先制ロングシュートは惜しくもゴールポストに跳ね返された。

マコトは口の中に溜めた空気を、ぷうぅぅっと吐き出し悔しい顔をして、新婚さんいらっしゃいコケで木製椅子から転がり落ちた。クラスメイト達は床に転んだマコトを見て、僕らとは異なる事理を用いて笑った。

小林、タケ、僕は互いに目を合わせて、冷や汗をかく。委員長が「もう! そんなんいらんから! はよ、出し物決めようや」とちょけるマコトを睨んでイラりとした。

「ダンスとか、どうですか? なんか、仮装してダンスとか、面白いんちゃいますか? パフィーみたいな感じとか」と提案したのはクラスのお調子者女子の塚田だ。

彼女をトリガーとして、他のクラスメイトが次々と挙手をして案を出し始めた。委員長が仕切り、出された案を田中先生が箇条書きにして黒板に書きとめる。

仮装ダンス、宝塚歌劇団のパロディ劇、大喜利選手権大会、お化け屋敷、巨大迷路、ティラミス屋、ナタデココ屋、タピオカカフェ、たこ焼き販売、ポテト販売、お祭り縁日広場など、様々な案が列挙される。

好き勝手に案出しする生徒たちの意見をカッカッカッカッ、とリズムよく白チョークで黒板に書きとめる先生。先生が「あっ」と言い文字を書き損じた。そこに委員長が黒板消しを差し出す。黒板側を向き、僕ら生徒側に背中を向ける先生と委員長。

その瞬間、伊賀忍者を彷彿とさせる俊敏な忍者走りで、シャーッと前へ出て行く坊主頭。

―次に動いたのは、タケだ―

タケは気配を消し教壇に近づく。教壇の上のファイルに挟んであった先生用の世界史便覧を奪取し、懐にしまって自分の席にダッシュで戻る。その一連の彼の動きに一切の無駄はなく、全て計算しつくされた超合理的な動き。僕は美しささえ感じた。

書き損じた文字を黒板消しで修正した先生と委員長が振り返った瞬間、タケがピンと挙手。それに気づいた先生が言う。

「おう、タケ。珍しく、積極的やんけ。その調子や」

「いや、ちょっと。ええ案浮かんだんですよ、先生」と、顔はニコニコ、首はクネクネして坊主頭を揺らすタケが言う。

「タケ、言うてみぃ?」「はい。クラッツィーとかどうですか?」先生が不可思議な顔をした。

「はっ? クラッツィー? なんや、クラッツィーて?」「先生、発音ちゃいます。語尾をあげる感じで、クラッツィーです」「クラッツィー? 何やそれ? 先生、全然知らんわ」「マジですか? お菓子ですよ! 中世ヨーロッパで流行したお菓子です。クラッツィーを再現して、現代で販売するっていうのはどうでしょ?」「先生、ほんまわからんわ」「マジっすか? 世界史の便覧にも載ってますやん! ナポレオン・ボナパルトが愛した洋菓子って」「ほんまかぁ? 委員長は知ってるか?」「いえ、私も知りません」と美樹も首を傾げる。

委員長も知らなかった事実を追い風に受けて「タケ、ほんまなんか? お前、嘘ついてるんちゃうんかぁ?」と先生が猜疑の眼を向けて発した言葉に、クラスメイト全員が笑った。

「いや、これマジなんです! クラッツィー!」とタケが叫び、「めっちゃ悔しい! めっちゃ潔白、証明したい! 文化祭でクラッツィーやったら絶対盛り上がりますから! 先生、今すぐ、便覧で調べてくださいよ!」「おん。ほな、ちょっと調べるわ」と先生が教壇の上のファイルに手をかける。

中に挟んであったはずの世界史便覧に手を伸ばしたところ、其の対象が無いことを認識。「しもた。職員室に便覧忘れてきてもうた!」

ピピィィィィィィィ!!!

―『しもた』発動、タケの一位抜け確定―

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。