人質は「三億円の田んぼ」……。
世界一の日本酒をめぐり、渦巻く黒い思惑。
『田に毒をまいた。残りの山田錦が惜しかったら、五百万円用意しろ』。
烏丸酒造に届いた一通の脅迫状。見れば一本百万円を超える純米大吟醸酒の元となる田の一角が枯らされていた。捜査の過程で浮上する、杜氏の死にまつわる事件の疑惑。そして、脅迫犯が突きつける、前代未聞の要求とは――。
酔(よ)みすぎご注意。 ふくよかに味わい深い、発酵醸造ミステリーを連載にてお届けします。
一日一合純米酒
料理の締めは、店主の打った出雲の釜揚げ蕎麦。
日本酒の世界は、思った以上に深く広いことがわかった。この店の料理に合わせて、酒と器を選ぶスタイルも、店主が考案したらしい。料理と日本酒、温度に器。無限に組み合わせはある。
器や温度によって日本酒の味が変わること、料理との相性があること。玲子は、全く知らなかった。
店主は、葉子の古い知り合いらしい。昔、東京で店を開いていたが、赤ん坊が生まれたのをきっかけに、この地に移り住んだという。
玲子は、改めて天狼星純米大吟醸の一升瓶を、手に取って見た。
「この瓶の肩に、秘伝と貼ってあるが、これが造り方なのか?」
瓶には、ラベルの他に『秘伝玉麹』と記してあった。
「そうです。麹作りは、酒造りで最も大事と言われる作業。その中で、とっても特殊な技術です。全国に千八百社ある酒蔵の中でも、烏丸酒造だけができる技。烏丸酒造では、純米大吟醸にだけ、秘伝で作った麹を使ってます」
さっき、六五郎も話していた。代々一子相伝、口伝のみで伝えられてきた技だ。
料理の締めは、店主の打った出雲の釜揚げ蕎麦。
【主な登場人物】
山田葉子:日本酒と食のジャーナリスト
矢沢タミ子:居酒屋経営者
矢沢トオル:タミ子の息子
葛城玲子:播磨署警察官 警視
高橋 仁:同 警部補
勝木道男:同 捜査一課課長
烏丸(からすま)秀造:『 天狼星(てんろうせい)』醸造元 烏丸酒造 蔵元
烏丸六五郎(むつごろう):同 先代蔵元
多田康一:同 前杜氏(とうじ) 故人
大野 真:同 副杜氏
佐藤まりえ:同 賄い担当
速水克彦:同 新杜氏
富井田哲夫:県庁農林水産振興課課長
松原拓郎:農家
松原文子:拓郎の妹 農家
桜井博志(さくらいひろし):『獺祭(だっさい)』醸造元 旭(あさひ)酒造会長
甲斐今日子:酒屋
黒木 将:酒屋
ワカタ ヒデヨシ:元プロサッカー選手、日本酒プロモーター
スティーブン・ヘイワード:有機認証機関検査官