壁掛け時計が14時15分を過ぎた頃、立て付けの悪い教室の引き戸がガラガラと開いた。入ってきたのは、担任の田中先生だ。「おーい、やるぞぉ」と言いながら、先生が教壇に上がって前を向く。学級委員長の美樹が「起立、礼、着席」と凛とした声で号令をかけた。

昔はイケメン教員だったろう彫りの深い顔。今では五〇歳代となり、頭の毛が少し薄くなってきた田中先生。

大阪南部の泉州地域に生まれ育った彼は、なかなかの癖ある関西弁を使うネイティブ関西人だ。彼が生徒に向けて泉州系関西弁で話しかける。

「えー、今からホームルームを始めます。で、今日やねんけど、今年の文化祭の出し物、ええかげん、今日、決めようちゅうてな。準備も必要やさかいな、早く決めんと。先生もバンバン意見出して協力するから。みんなあんじょうやりやぁ」

一番前の席のマコトがクラスの三六人に向かって「真面目に議論しよや!」と呼びかける。咄嗟に先生が「マコト! お前が一番真面目にせんかい!」と指導。クラス中が笑いに包まれる。笑顔の先生が目線を移して笑う僕らを指差す。

「おい! 駿、小林、タケ! 笑てるけど、お前らもやからな。ほんま、今日は、ちょけんと、ちゃんとせえよ! いつもみたいにフザけてたら承知せんからな!」と言った先生に、間髪いれず僕が「先生。それ、ちょけろってフリですか?」と問うと、クラスの皆が吹き出した。

「ちゃうわ! ほんまに、駿はアホなことばっかり言うてからに!」とクラスが良い雰囲気になったところで、先生がゴホンと咳払い。「ほな委員長」と美樹に前へ出て仕切るように要請した。それを受けた美樹は背筋をピンと伸ばして、まるでランウェイを歩くファッションモデルのように教室の前方へ。教壇の前、田中先生の隣に到着した美樹は踵をめぐらし、くるりと反転。クラスメイト全員の顔を見渡して口を開いた。

「ということで。この時間は、文化祭の出し物を考えます。先生が言ったように、今日で必ず決めなきゃなので、皆さん、積極的なご意見をよろしくお願いします。では、始めましょう!」

学級委員の大号令とともに、『どうせ田中先生、こんなフレーズ言うてまうんやろバトル』のゴングが、カァァァン、と鳴り響く。四人同士が目を合わせて試合開始された旨を確認し合う。

ルールは至ってシンプル。ド泉州産ネイティブ関西人である田中教諭をあの手この手を使って誘導し、『あかんたれ』『しもた』『かめへん』という先生が言いそうなフレーズを一番早く言わせた者から抜けていく勝ち抜け方式。

なお、特別ルールとして『かめへん、かめへん』というフレーズが出た瞬間、革命発動。発動させた者については早抜け順位に関係なく、一位に君臨。三位が二位に並ラーメンを、最下位が一位に全部のせスペシャルラーメンを献上。

万が一、田中教諭にこの趣旨がバレるようなチョンボをしてしまった者は、ペナルティとして全員に全部のせスペシャルラーメン。以上が本大会の公式ルールなのである。

「そしたら、一人、一案だしてこうか。はい、マコトから」

学級委員長の美樹がさくさくと進行を開始する。

「え、うそ? 俺? いきなり? シンキングタイムは?」

「前回、今日までに一案考えてくるって言ってたやぁん!?」と美樹がムッとして言う。

「ごめ〜ん。忘れてた、委員長。ごめ〜ん」「ほんまに、あんたは!」「田中せ〜んせ〜い、委員長、怖いんですけど〜」と泣きっ面をして、先生に助けを求めた。クドイくらいの泣きっ面。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。