どれもこれもナンセンス極まりない罰則であり、杉井はこの鍛え方には甚だ疑問を感じ、腹も立ったが、これも人間のプライドを地に落とすためには何が効果的かをいろいろな人間が工夫した結果なのだろう、組織に属する限り、こういったことに従うことも訓練の一部かも知れないと、義憤を腹にしまった。

失敗をした時の罰則で、最も一般的なのは、言わずと知れた「ビンタ」である。頬を平手打ちされるのだが、これが並の痛さではない。

この「ビンタ」にも、両手で左右交互にたたかれる往復ビンタ、一列に並んで右から順番にたたかれる集団ビンタ、初年兵同士が二列になって向き合い、相対した者をたたきあう相対ビンタなど態様はいろいろある。

集団ビンタになると、あまりに数が多く、たたいている古参兵の手が痛くなってくるため、途中から帯皮やスリッパでたたくようになる。そうまでしてビンタを張る必要性がどこにあるのかと思うのだが、古参兵が集団ビンタを途中でやめたことは一度もなかった。

杉井の班が初めて相対ビンタを命じられた時、杉井の相手は山口だった。山口は明らかに力を抜き、それでいて音だけは大きい上手なビンタを張ってくれた。杉井もお返しに、加減しながら山口の頬をたたいたが、これが野崎上等兵の目にとまった。

「杉井二等兵、今何をした」
「杉井二等兵、山口二等兵にビンタを加えました」

「嘘をつけ。やり直しだ」

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。