アンカの事務所での上司であるアントニイェ・プリビチェヴィチ氏は、通常、アンカと大佐との間の仲介者として、ミッションに関係する重要な情報や指令を彼女に伝える人物だった。そして、このような関係であることに彼女は喜んでいた。大佐との稀有な出会いは、アンカにとって数少ない身の毛がよだつ出来事のひとつとして心に刻まれていた。

全くもって丸々としておめかししたプリビチェヴィチ氏は、いつも完璧に磨き上げられた靴と、ちょび髭の身なりをしていた。かの大佐が毎月きちんと送ってくる部門別評価結果にアンカの運命が託されていることは疑いようのない事ではあるが、プリビチェヴィチ氏はとても快活で率直だった。

「セルビア初紳士クラブ」のテラス席に腰掛けながら、プリビチェヴィチがアンカに手渡した大きな茶封筒には、グリマルディに関する書類一式が入っていた。その内容は、最近撮影された写真、手短かな経歴、ぞっとするような長さの完遂された殺害計画のリストに加え、彼の偽造身元と経歴とかベオグラードでの居場所とかいった基本的な情報であった。

外国の観光客の中で評判の良いどこかの豪華なホテルに泊まってもいいのに、事務所が傍受した電報によれば、ベリカー・ピアッツァ朝市の近くの質素な宿屋を予約しているとのことだった。その書類の中に書かれているところでは、グリマルディはそこに五日間逗留し、それからオリエント急行を使ってベネチアに戻る予定になっていた。

アンカにとっては、それはいとも簡単に見通す事柄だった。その日は、名高い科学者マックス・プランクがセルビア王立アカデミーの儀典用広間で講演を行い、ニコラ・テスラと面会する予定のある重要な一日となっていたからだ。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『私たちはみんなテスラの子供 前編』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。