はじめに

大学獣医学部の二年生の頃、きっかけで医学に目覚め、医学部への再受験に幸運にも合格して、私は医学への道を歩み始めました。

無医村医療を経験し、与論島では七二〇〇人の人口に対して、医師は私一人という状況の中で、医療の現場の厳しさを体験するとともに、医師は患者のそばで、「病める人びとのために」あらねばならぬという信念をいだくようになりました。

その後、生まれ故郷の沖縄に戻り、一九七三(昭和四八)年に、沖縄セントラル病院の前身となる『沖縄中央脳神経外科』を創立したわけですが、脳神経外科医である私一人での船出でした。

その後一年ほどが経ち、台湾から来ていただいた耳鼻科の先生と二人になり、さらに眼科の先生、そして小児科の先生が台湾から来てくださり、四人体制で沖縄での医療の改善を目指してまいりました。

開業から五年後、医療体制のさらなる充実を目指して病院を大きくし、名称を『沖縄セントラル病院』にしました。

この機に、沖縄県では初となる頭部スキャンを導入して、沖縄県内の脳神経外科医療の発展の礎(いしずえ)をつくれたことは、私の今でも誇りとすることです。

私は、昔から、「現場に身を置く」ということを実践してまいりました。

それは、誰かが言っている、ということではなく、自分の目で見て、体で体験しなければ分からないことがあるという思いからでありますが、そういう思いを持たせてくれたのが、私が医の道へ志すきっかけとなった、シュヴァイツァー医師の著書でした。

実際、私は、インド、ペルー、中国その他と、気がつけば四三カ国を訪れました。

それぞれの国の実態を知り、そこから得られる知見もありますし、国の実態に即した支援もできます。

学問はいくらでもできます。しかし、真の意味での医療は、現場で患者さんと向き合わなければ身に付きません。

本に書いてあることを知識として習得することは大切ですが、それだけでは「病める人びとのために」は役立てられないのです。そのことを私は、本書を通じて、多くの医療に従事する方々に知ってもらいたいと思います。

もちろん、日頃接していながらも、私の考えをじっくりとお伝えすることができない、当病院のすべての関係者にもお伝えしたいと思っています。

本書は、私の歩みの記念として発刊を企画したものですが、上下二巻とすることにしました。

上巻では、沖縄中央脳神経外科、沖縄セントラル病院の歩みを振り返りながら、私が折々にどのような意図でそのようなことを計画し、実行してきたのか、ということをしっかりとまとめておきたいという意図で作成しています。

下巻では、私の医療者としての人生がどのような歩みであったのか、少々自伝的にはなりますが、触れておくことで、私の人となりを知っていただければという思いで作成しました。この下巻では、私の沖縄に対する思いや、これからの医療に対する考え方なども述べておきたいと考えています。

※本記事は、2019年12月刊行の書籍『 ひたすら病める人びとのために 上巻』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。