例を紹介します。地理分野で、「少子高齢化」という単語が出てきます。「テストに出るからしっかり覚えておくように」で終わらせることもできます。

しかし私は、「少子高齢化」という単語を通して生徒に考えてほしいことがあります。私は子どもに「今は高齢者が増えているよね。でも介護の現場では働き手が人手不足なんだって。この中で介護職に就きたい人いる?」と聞きました。

結果はほとんど手があがらず……。「なんでみんなは介護職に就きたくないの?」と聞くと、子どもは

「年寄りはうざそう」
「ボケていたらやっかい」
「汚いイメージ」

と答えました……。

「今の子どもはひどい!」ではありません。子どもは社会の鏡です。

個人差はあるにしても、きっと社会全体が高齢者に対してこのようなイメージなのだと思います。もしくは圧倒的に高齢者と関わる「経験」が足りていないのでしょう。

そこで私は自分の経験を通して子どもに話をしました。私の祖父の話です。心が広くて、温かくて、寡黙で、読書が好きで、何よりも家族のことを大切にする男でした。

昔はよく幼い私をこたつに招き入れて、「人はなんのために生きると思う?」「人間関係を作るうえで大切なことがわかるか?」と、容赦なく哲学的な質問をしてきました。子ども扱いはせず、一人の人格として扱ってくれていたのだと思います。自分なりに精一杯考えた答えを、祖父は決して否定せず、聞いてくれました。

そんな祖父も、歳をとり、病気で体が自由に動かなくなりました。自宅での介護が難しいと判断した父は、祖父に介護施設に入るように提案しました。

祖父は、苦労して働いて建てた家から離れるのはきっと嫌だったと思います。しかし、「家族の迷惑にならないようにしてくれ」と言ったそうです。

父が苦労して見つけた介護施設。職員の方が祖父のことを本当に丁寧に、温かくみてくれました。そこで、「たくさんいる高齢者のうちの一人」として雑に扱われていたら、家族はどれ程悲しいか。

私たちにとっては、かけがえのない、いつまでもかっこいい、たった一人の祖父だったのです。私は、今でもその介護施設の方に感謝しています。仕事終わりに訪問するたびに介護施設の方は、祖父の日常の様子を笑顔で話してくれました。

私たち教師は、未来ある子どもを相手にする仕事です。しかし、これまで波乱万丈の人生を生き抜いてきた高齢者の人生の最後と関わる介護の仕事もとてもやりがいのある仕事だと思います。

授業の中で子どもたちにこんな話をして、そこから「高齢化社会をどのようにむかえるか」について調べたり、さまざまな立場の人にインタビューしたり、考えたりしました。

授業の最後に「介護職や高齢者に対するイメージはどんなふうに変化したかな」と聞くと、「大変そう」とか「給料を上げた方がいい」などの意見はありましたが、「汚い」「臭い」「うざい」という意見はなくなっていました。これが教育現場の実態です。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『教師は学校をあきらめない! 子どもたちを幸せにする教育哲学』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。