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コインブラはポルトから南にバスで一時間半ほどのところにある古都である。ポルトガルで最初に創設された大学があることでも良く知られている学生の街であり文化の街でもある。

ポルトのバス・センターからコインブラ行のバスに乗るとすぐ、のどかな田園風景に変り、遠く左側には山並みが果てしなく続いていた。

「あの絵を見る限りA・ハウエルと名乗る画家はかなりの腕前と思えますのに、なぜコインブラなどで絵を売ったのでしょうか? リスボンとか、せめてポルトなどの大都会ならたやすく売れそうですのに?」

「確かにそこが疑問ですね。彼がコインブラに住んでいる画家なら分かりますが。しかし、画廊でも居場所の分からない、はっきりしない画家だとすると困りますね。もしそうだとすればA・ハウエルとは本名かもしれませんよ。ペンネームならどこでも処分できそうですが、本名を使うとなると、大都会では目に付きやすいからコインブラでということでしょうか?」

「あれほど巧みにフェラーラ風の絵を描くのですから、よほどフェラーラに心酔している画家か、そうでなければ彼に縁のある人なのでしょうか?」

「そうかもしれませんね。いずれにせよ、ますます謎が深まりました」

とりとめのない会話を交わしているうちに、バスは高速道路を南下し大きい川を横切った。

「モンデーゴ川ですね。でもすぐ左折して再び川を渡って北上すると、まもなく左に大きい橋が見えるはずです。それがサンタ・クララ橋。そしてその付け根にある大きい広場がポルタジェン広場。そこから通りをさらに北に進むとまもなくバスターミナルに到着するはずですわ」

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。